恭平と明音

 それまで耀太ようたが腰掛けていたところに梨花りかおさまった。恭平きょうへいの隣だ。

 しかも恭平の前を通りすぎる際に、恭平が梨花の両わきに手をいれて抱き上げ隣に座らせるという離れ業を見せた。幼女をお人形のように座らせる扱いだ。

 その時のきょとんとした目の、お人形梨花が可愛い。

 俺たちには見慣れた光景だったがテニス部の三人は目を丸くし、凍りついたようになった。

「重くなったな、梨花」

「ひっどーい」と言いつつ梨花は嬉しそうだ。こういういじりを敢えて受ける。

 恭平はテニス部などでハーレムしているのかもしれないがおそらく女子をこう扱うことはないのではないか。

 ここまで近いスキンシップをとることはほかではない。それだけ俺たちS組十傑は特別だったということだ。ずっと一緒に暮らしてきた家族みたいに。

「何だ、今日は? ボウリングでもしてきたか?」恭平は梨花に訊いた。

 そういえばよくボウリングをしたな。恭平と和泉いずみ明音あかねはコンスタントに百五十超えで二百を出したこともあった。俺は並だ。

「違うよ、今日はラーメンだよ」梨花が答えた。相変わらず可愛い。

「例のラーメン屋か? 新聞部のSNSニュースで流れてお前たちが生徒会に呼び出された」

「そうだよ」梨花は無邪気に笑う。

 俺たちが生徒会や職員室に呼び出されても、それは武勇伝になる。他の生徒とは違う。

「俺たちも今度行くか?」恭平は村椿むらつばきさんたちに言った。

「ええ、ぜひ」

 村椿さんの受け答えは令嬢みたいだ。微笑みはちょっと怖い。きつそうな性格に見える。よく知らないが本当のところはどうなのだろう。

 人は見かけによらない。それは俺がいちばんよく知っている。

「学校帰りに制服のまま行くのはよした方が良いぜ」俺は口を挟んだ。

「まあ、うまくやるさ」

 恭平は全く気にしていない。今日だって部活ジャージ姿でカラオケボックスに来ている。もし知れたら呼び出しの案件だ。まあ恭平なら幡野はたの会長をうまくあしらうのだろうけれど。

 耀太と明音の歌が終わった。

 次は誰だ? 誰かが歌いに行かないと二人の場所は空かない。

 テンポの速いイントロが流れた。

「また、あたし~」明音が嬉しそうに言った。

 どうも明音は続けて歌をいれていて、ソファーには戻って来ないつもりのようだ。

 そんな姑息な手が使えるとは思わない。

「耀太、ここに座れよ」恭平が立ち上がった。「俺が行ってくる」

 恭平が明音の隣に立った。しっかりマイクも握っている。

 明音は一瞬だけ横目で睨んだが平気な顔をして歌い始めた。

 俺は冷や冷やしていたが、明音は部外者がいるところでは大人の対応を見せる。ここには村椿さんらテニス部の三人がいた。

「さすが、息があってるな」

「うんうん」

 耀太が呟くように言い、梨花も頷いた。

 いつもの俺なら「そりゃそうだぜ、なんてったって『キョウアカ』だもの」と言っただろうが俺は黙っていた。

 ちょっと村椿さんの目が鋭い気がする。彼女は俺たちS組の中にいる恭平の姿を初めて見たのかもしれない。ふだん見る恭平とは違った人物に映っただろうか。

 恭平の隣にいて映えるのは純香すみかだったが、ノリの良い曲を二人で歌うのは明音が最も似合った。その次は和泉だ。

 俺たちはその様子を「キョウアカ」とか「キョウズミ」とか言ってもてはやした。それもまた昔の話だ。

 耀太や梨花には今もそう思えるのかもしれない。

 確かに、曲に合わせて腕を振ったり腰を動かす体の動きは二人の息がぴったり合っていて見映えが良いようにも見える。梨花がスマホで撮影しているのは彼女もそう思ったからだろう。

 しかし、やっぱり、ちょっと違うんじゃね?

 リズムに合わせて恭平がぬっと明音を見下ろすように顔を向ける。それに対して明音、中指立てたよな。

 明音の腰に手を回そうとする恭平。明音はさっとターンして恭平の反対側に立つ。コミカルなショーを見ているようだ。

 梨花が楽しそうに手をグイグイ挙げている。

 俺は不覚にも笑ってしまった。

 これ、アドリブ芸じゃないんですけど。マジなんですが。

 そしてラストのサビ、恭平の手が明音の肩を抱く。それをはじく明音。

 最後の瞬間、明音のグーパンチが恭平の顔をめがけてとんだ。間一髪で恭平はそれを避けて曲終了。

 おいおい当たってたら前歯折れてたぞ、それ。まあ恭平が避けるのを前提で繰り出したのだろうが。

 明音を見つめてフッと微笑む恭平。

 その顔を見上げるようにして明音はニコッと笑った。その瞬間明音の足が思い切り恭平の足を踏みつけた。

「イテ!」

 恭平のひきつった笑みが滑稽だ。俺は顔を背けてプッと噴いた。

「いてえな、明音」恭平が言う。

「さわるな、ド変態!」

 耀太がワッハッハと笑っている。梨花がパチパチパチと手を叩く。これが芸だと思った日暮ひぐらしも手を叩いてやんやの喝采だ。それを苦笑しながら見るもう一人の女子。

 村椿さんも笑みを浮かべていたが眉間みけんには小じわができていた。

「明音、肘鉄、肘鉄」俺は明音をけしかけた。

「忘れてたよ」

 しかし明音のエルボーは空砲となった。

 そして今、仕方ないという顔で明音は恭平の隣に腰掛けている。

 なぜか恭平の両隣は明音と村椿さんだ。

 梨花がテニス部の女子牧野原まきのはらさんと歌っていたからだ。

 こいつらしばらくいるつもりだな。

浅倉明音あさくらあかねです」

村椿麗菜むらつばきれいなです」

 恭平を挟んで二人が挨拶をかわす。

 この二人は直接顔を合わせたのが初めてだった。

渋谷恭平しぶやきょうへいだ」

 真ん中の恭平が気取った顔で名乗る。その頬に明音の張り手が炸裂する。

「イテ」恭平はかわさなかった。

「知ってる!」

「村椿さん、今のは両側から恭平のほっぺを挟むように掌底しょうていを打つんだよ」

 俺は村椿さんに教えてあげた。

 昔、俺と明音、和泉で三人漫才をした時に真ん中の俺が両側からやられるギャグだ。俺が「渋谷恭平だ」と恭平の真似をして格好つけて二人にしばかれるというイントロだった。よくあるギャグだ。

 恭平はそれを覚えていて、俺の真似をしてわざと名乗ったのだ。

「え、そうなの?」村椿さんは困惑している。でも笑顔になっている。

「でなきゃ、俺は明音なんざに掌底を喰らわないよ」

 明音のエルボーが炸裂した。

「ぐふっ!」

 俺は手を叩いて大笑いした。日暮は目を白黒させて見ていた。

「お二人は仲が良いのね?」

 村椿さんが何気なさを装って言う。とても気になっていると俺は睨んだ。

「は? どこが?」という明音の声にかぶせて俺は言った。「ごめんね、これがS組のノリなんだ。そのうち慣れるよ」

 俺としては「明音と恭平の仲の話」から「S組みんなの話」に一般化したかったわけだ。実際和泉も明音と同じことができる。

「何か、うらやましいわ」

 村椿さんが呟くように言った。そしてそれは本音なのだと俺は思った。

 この人の目は本気だ。本気で恭平との仲を縮めようと思っている。

 俺にはそれがわかった。村椿さんの目は中三の頃の明音の目と同じだった。

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