回想 中等部三年の夏休み③

 八月に入ってまもなく、軽井沢に避暑に行く二日前だったと思う。

 俺は部活連ぶかつれんの手伝いで登校していた。和泉いずみ明音あかね純香すみか梨花りかもいた。当時の中等部首脳といっても良いメンツだ。

 猛暑日が続いていたから体育会系の部活は特に気をつけるよう通達が出されていた。

 俺たちの学校は部活動が盛んだったが、どの部活にしても全国大会を目指すレベルではなかった。

 無理をする生徒はおらず、お盆も近かったし、見回りをしても注意すべき対象は見つからなかった。

 高等部の先輩方は数えるほどしかいなかった。だから中三の俺たちがワイワイやっていたのだ。

「それでさ、明音ったら水沢みずさわ先生に超ハイレグ勧めるんだよ」梨花が和泉に向かって喋る。

「イケメンおとすのに必要でしょ」明音が笑う。

 先日の水着ショッピングで水沢先生をいじった話で盛り上がっていた。

「やりすぎだよー」和泉は笑う。

 しかし和泉がいたらもっとエスカレートしていただろう。そもそも引率者は水着を来てプールを監視せよと水沢先生に進言したのは和泉だったはずだ。

 和泉に言われるとそんなものかと思ってしまう。和泉はマインドコントロールの達人だった。

 そんな話をして盛り上がっていた時に生徒会役員たちがやって来た。

 高等部生徒会の役員もいる。というよりは高等部の役員の方が多かった。

 後ろにひっそり控えていたのが中等部役員の東矢泉月とうやいつき渋谷恭平しぶやきょうへいだった。

「騒がしいわね」と言ったのは松前まつまえだ。高等部二年生。当時の生徒会では数少ない硬派だった。

 梨花が慌てて口をつぐみ、明音は素知らぬ顔をした。

「お疲れさまです」と言ったのは和泉だった。

 和泉は真っ先に生徒会長の黒森麗愛くろもりれいあに声をかけていた。まるで松前を無視するかのような振る舞いだが二年生の松前よりも三年生の生徒会長に挨拶するのは自然だ。

 和泉は絶妙の間合いで松前を無視したように俺には見えた。実のところはよくわからない。

「中三の子たちは元気で良いわ。とてもうらやましい」

 黒森生徒会長はにこやかに笑った。

 センター分けの黒髪ロング。夏休み登校向けの紺のポロシャツにチェック柄のスカート。そして生足に白ソックス。セーラー服ではなかった。

 しかもスカートが短い。梨花よりも短くしている。膝上二十センチくらいあるのではないか。校則に忠実ならあの中は生パンのはず。

 俺はボーッとして明音につねられた。

 さすがは革新派の生徒会長だ。彼女が公式行事以外の我が校の制服に自由度をもたせたのだ。

 その御蔭で女子の制服のバリエーションは二十以上ある。

「会長、素敵です!」和泉はヨイショの才能もある。「に魅了されました」

 おいおい、それって口紅塗っていることを指摘してね? 普通はスルーだろ。校内で生徒会長が化粧しているなんて。

「後で教えてあげるわ、高原さん」黒森会長は微笑んだ。

「勉強させていただきます」

 和泉は生徒会長を奥の席まで案内した。世渡りうまいな。

 続くのは副会長だ。矢車漣やぐるまれん。スレンダーな体躯に銀フレーム眼鏡。髪はやや長めで額は半分ほど出している。

 その髪をかき上げる仕草がたまらなくセクシー、いや気障キザだった。俺たちの学年にこのタイプはいない。

 しかも美人の先輩を三人連れていた。その三人は生徒会長と同じく額出しの黒髪ストレート。まるでそう統一されているかのようだ。

 だとしたらこれは副会長の趣味なのか?

 生徒会は会長のハーレムではなく、実は副会長のハーレムだと俺は思うようになった。

 口うるさい松前だけが髪型が違った。この人は浮いてるな。

 彼らが腰かけてから泉月いつき恭平きょうへいが入ってきた。

 いかに中等部生徒会長と副会長といえど高等部の役員がいるところでは部下のような扱いだ。二人はそれを甘んじて受け入れていた。

 俺が突っ立ったまま黙っていると黒森会長から声をかけられた。

樋笠ひがさ君」

「はい?」

「先日の演劇部公演『シラノ・ド・ベルジュラック』、良かったわよ。クリスチャン役だったよね」

「ありがとうございます!」俺は直立不動のまま答え、そして九十度の礼をした。

「相変わらず面白いわ、きみ

「僕は昨年の文化祭で会長がされたマクベス夫人の演技に感銘を受けました。日々精進したいと思います」

 俺もおべんちゃらを言うことにかけては二年以上蓄積された経験がある。少々芝居かかっているのも俺のキャラだ。

 会長はクスッと笑って純香や梨花にも声をかけていた。

 高等部生徒会役員たちは、数えるほどしかいない高等部の生徒と話を始めた。

 俺はほっとした。先輩方に俺の拙いが通用しただろうか。

 そしてようやく泉月と恭平がやって来た。

 和泉が泉月に声をかけ、何やら話を始める。コミュニケーションお化けの和泉はコミュ障の泉月に声をかける数少ないクラスメイトの一人だ。

 こういう時、和泉か明音のどちらかが泉月に話しかけるのが日常定期となっていた。

 明音は恭平に話しかけた。「後で寄ってよ。お菓子用意してある」

「今じゃないのか?」

「高等部の先輩の分までないもの」

「お前の手製は最高だからな」

「何よ!」

 俺はおやっと思った。

 明音と恭平がひそひそ話をしている。俺には聞こえるが。

 しかも波長が合っていて距離も近い。

 こんな感じだったか? ふたりの距離感。

 俺は考えた。違和感を覚えたのは恭平の態度だ。明音をいじることができている。そして明音が恭平の一言で少し顔を赤らめているように見えるのだ。

 あれ、二人に何かあった?

 中等部一年生の頃の恭平は先輩女子に何度もアプローチを受けて半ば女性恐怖症の気配すらあった。それを気遣って和泉や明音が積極的に恭平に関わり、少しずつ苦手を克服してきたのだ。

 それが今ようやく花開いたのか?って感じでもなさそうだ。

 何だか恭平と明音、良い感じじゃね?

 俺はこの時大変な勘違いをしていた。俺の解釈は半分当たっていたが、半分外れていた。いやこの場合、半分外れてしまっては全て外れたことに等しかったのだ。

 俺がそのことを思い知らされたのは軽井沢の避暑会。だった。

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