回想 中等部三年の夏休み②

 中等部三年の夏休み。東矢泉月とうやいつきの叔父に招待されて軽井沢の別荘地に行く一週間ほど前だったと思う。

 俺は耀太ようた梨花りか明音あかね純香すみかとともに街中にいた。

 俺と耀太は三人の女子がショッピングする際の騎士役だ。私服姿の三人女子は中学生とは思えないくらい目立つ。出歩くといろいろ声がかかるのでがし役は必要だった。まあ耀太が一人いるだけで十分なのだが。

 中三の夏で耀太はすでに百九十センチ近くあった。柔道もやっていて、ふだんおっとりとしているが、スイッチが入ると信じられないくらい敏捷性を発揮する。とても頼りになる奴なのだ。

 猛暑日だったので俺と耀太はTシャツ一枚に短パン姿だったが、女子三人はそれぞれのキャラが出る格好をしていた。

 明音は野球帽タイプのキャップを被り、何やらパンクな柄が入った黒シャツにカーキ色のショートパンツを穿いていた。

 梨花は白い帽子に薄いピンクのシャツ、そして白のミニスカパンだ。うん可愛い。

 純香はつばの広い帽子を被っていてパステルカラーのゆるふわ系の膝丈ワンピースだ。こんな暑い日でもプリンセスをしている。

 明音と純香はとても中学生には見えない。

「プリンセス御一行、いざ行かん!」明音が剣士の雄叫びをあげた。

「おう!」と俺は言う。

 女子三人が「恥ずかしい」という顔をしてのが良い。みんなノリが良い。さすがS組。

 俺たちは水着を買いに来たのだった。

 前年は貸し切りペンションだった。テニスコートや卓球台、ビリヤード台はあったがプールはなかった。今回は組合員保養施設でプールがあったのだ。貸し切りでないから組合員家族も来ている。あまり騒いだりはできない。しかしプールがある以上、楽しまない手はない。

 とはいえ参加者全員がプールに浸かるわけではない。

璃乃りのは日陰で涼んでいると言ってたよ」梨花が言った。

泉月いつきも入らないだろうね」明音が言った。

秀一しゅういちも日陰組だな」俺が言った。

恭平きょうへい和泉いずみは入ると言ってたよ。水着はあるって」

 ということで、この五人が買い物に来たわけだ。

「私、学校の水着でも良かったのに……」

 純香すみかが言うと「「何を言っているの!!」」と明音あかね梨花りかが声をあげた。

「男どもにプリンセスのを見せるの? それはそれで鼻血ものだわ」

「だって」と純香はに手を当てた。

「和泉とあたしが一緒だから大丈夫」明音が言った。「梨花に匹敵する」

「ひどーい!」自分がいじられていることに梨花も気づくようになっていた。

 耀太だけが気づいていない。

 俺たちはショップで男女別々になった。

 俺と耀太はすぐに適当なものを見つけて買った。そして女子が買い終わるのを待つ。

 少し離れたところから見ていると女子は自分の物を選ぶより誰かのを選ぶのが楽しいようだ。

「なんかエグいの勧めてね? 明音」

 梨花の体に当てるビキニがモーレツだった。

「試着して見せろー!」俺は遠くから声をかけた。

「ダメー!」

「当日のお楽しみー」

 彼女らがどんな水着を買ったのか、俺たちは教えてもらえなかった。試着したのかもわからない。

 俺はその様子を想像して顔が火照った。

 何にせよみんな買ったようだ。

 これでここは終わりと思った頃、明音が目敏めざとく知っている顔を見つけた。

「あ、先生だ! 水沢みずさわ先生」

 明音が手を振る方に水沢先生がいた。

「まあ、浅倉さん、たち」五人全部名前を挙げるのは大変だ。

「先生、お買い物ですか?」明音は遠慮なく訊く。

 プライベートの水沢先生は登下校とは少し違う私服姿だった。夏休みだったこともある。薄紫のキャミソールに白レースを羽織り、ふんわりとした膝丈スカート。生足にサンダルだった。

 トートバッグに日傘の柄が見える。純香があと十年もすればこういう感じになるのかな。学校で見る姿よりも小さく見えた。

「ぶらぶらとね」水沢先生は明音に答えた。

「水着を買いに来ました?」明音がにやける。

 そのいたずらっぽい顔で何を考えているか俺にはわかった。イジリの対象を見つけた時の顔だ。

「ちょっと目に入ったから見ただけよ」

「でも買うのでしょう?」

「今日買うかどうかわからないわ」

「あたしたちも買いに来て、たった今買ったばかりです。良かったら一緒に選んであげますよ」

「良いわよ、そんな……」

「大丈夫ですよ」

「先生にぴったりのが見つかります」

 明音と梨花に両側から連行される形で水沢先生は水着売場に引っ張り込まれた。御愁傷様です。

「本当に良いのだから……」

「でも買う気があるから来たのですよね?」

「生徒がプールに入るのなら引率者も入るべきではないかと高原さんに言われたのよ。だから仕方なく見に来たの」

 ナイス、和泉。優等生の学級委員に言われると従うしかないよな。

「本当は入りたくないのよ」

「先生、泳げないのですか?」梨花が無邪気に訊く。

「そんなことないわよ。並には泳げるわ。真面目に水泳の授業に取り組んでいたもの。でもずっと泳いでないわね」

かる程度で良いと思います。それより」と明音は水沢先生に顔を寄せた。

 近い。俺は明音が水沢先生にキスをするのではないかと思ってしまった。

 明音はキス魔なのだ。人前でも女子にキスをする。そういうのを見るとやはり明音は男の人格があるのではないかと疑ってしまう。

 しかし俺の妄想は現実とはならなかった。

「ホテルには病院の職員が休暇を楽しみに来ていると聞きました」

「一般客がいらっしゃるからあまり騒いだりはしないでね」貸し切りではないからな。

「若い独身のドクターがいるかもしれませんよ。それもイケメンの」

「え?」

「ヤングドクターがプール際にいる先生を見つけます。あの美人は誰? 引率の先生なのか。お近づきになりたいなあ。ってなるかもしれないじゃないですか」

「そ、そ、そんなこと……」

「絶対にないとは言えませんよ。違いますか?」

「それは……まあ……」あると思わされてるよ、先生。大丈夫か?

「だから水着はしっかり選ばないと、ね?」

 やはり明音は悪魔だ。俺、知らねえ。

 水沢先生が明音と梨花にそそのかされてどんな水着を買ったのか知らない。俺と耀太は「シッシッ!」と遠くにやられたからだ。

 なんか試着もさせられていたな。可哀相な水沢先生。学校での威厳はまるでなかったな。

 本当に御愁傷様だ。

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