回想 中等部三年の夏休みー軽井沢ー①

 八月のお盆の時期に入った頃、俺たちは東矢とうや家の招待で軽井沢に向かった。

 毎年のことだが東矢家は自宅から自家用車で向かい、俺たちは学校に集合して東矢家が用意したマイクロバスで行く。

 そのバスがまた楽しい。完全に修学旅行のノリだ。引率で同乗していた水沢みずさわ先生は頭を抱えていた。

 メンバーは「S組十傑」の泉月いつきを除く九人と三年A組女子五名だった。当然のことだが皆私服だ。

 水沢先生はパステルカラーの花柄シャツに白のパンツスタイルだった。学校では見ない格好でなかなか新鮮だ。

 しかもふだんより化粧が濃い。近くに行くだけで良い匂いがして、大人の女性は違うなと俺は改めて思った。

「先生、気合い入ってます?」と俺がいじったら「いいえ!」と怖い顔をされた。

 俺は自分の役割を果たしただけなのだが。

 和泉いずみ明音あかね梨花りかがけらけら笑っていたから良しとしよう。

 向こうでは水沢先生にはなるべく関わらないようにしよう。迷惑をかけてはいけない。

 朝八時に学校に集合してバスに乗ったが、席を決めるのに和泉が学級委員の権力を発動する必要があった。恭平きょうへいの隣に誰が座るかで少々もめたのだ。

 空席がたくさんあるのだから恭平はひとりで座らせれば良いのに、明音と梨花がグイグイ行く。

「恭平の隣はプリンセスでしょ。はい決まり!」

 和泉の鶴の一声で恭平は最後尾の端に追いやられ、蓋をするようにその隣が純香すみかとなった。

 するとなぜかその前の二人掛けに明音と梨花が座った。そこだけ人口密度が高くなった。

 和泉がやれやれという顔をした。俺もだ。

 璃乃りのはそれを冷めた目で見てひとりで座り、耀太ようたは体が大きいからやはりひとり、秀一しゅういちが和泉と並んで、俺は盛り上げ役だったから前の方の席にいて、時々移動した。

 それも高速に入ったら動けない。

 俺はS組十傑以外のA組の子とふだん以上にお喋りをした。彼らが何となく緊張しているのがわかる。五人とも初めての参加だったからだ。

 俺は二回目だったから余裕の顔をしていた。緊張をほぐすのは俺の役目だった。

 今回家庭の事情などで招待されたが断った生徒もいる。まあ人それぞれだからな。

 後ろが賑やかだ。明音が後ろにいる恭平に自分で握ったおにぎりを渡したり、梨花がお菓子を渡したりしてまるで小学生だ。そのバイタリティーにされて純香は小さくなっていた。

「何だか、純香、可哀相だな」

 俺が言うと和泉が「良いのよ、あれでちょうど良い」と言った。

 恭平と純香を並べておけば明音や梨花が集まって自分はその相手をしなくて良いと言いたげだった。

「まあ良いんじゃない? 僕は寝るよ」秀一が窓にもたれた。

 秀一の隣にいた和泉は別の子の隣に移動した。和泉もずっと気を遣って動いている。俺との違いは気遣いに間違いがないことだ。和泉が仕切っている限り全てうまくいくのだった。

 バスは途中碓氷うすい峠に寄ってから目的地に到着した。一時過ぎだったと思う。

 三時にならないと部屋に入れないらしいから昼食をとった。屋根付き会場でのバーベキューだ。

 水沢先生を入れて俺たち十五名に東矢家から泉月いつきとその従妹弟、合計十八名だった。

 泉月の叔父夫婦は後から来るらしい。

 バーベキュー鉄板ひとつにつき三、四名で囲む計算だ。

 また誰と誰が一緒の鉄板を囲むのか揉めそうになり、ここでも和泉が強権を発動した。

 このメンバーでまともに和泉にものが言えるのは明音と璃乃だけだったが、恭平に明音、梨花、純香をくっつけてやると明音は何も言わず満足そうにしたし、璃乃はどの席でも文句を言うことはなかった。

 璃乃は泉月とA組女子二人とバーベキュープレートを囲んだ。

 水沢先生がA組女子残りの三人と一緒になる。

 和泉と秀一が二人だけで向かい合って座りその隣に俺と耀太、そして泉月の従妹弟が座った。

 実は従弟の光輝こうきは耀太になついていた。二年前からずっとだ。今年小学六年生だという。

 そして従妹の真咲まさきは俺たちより一つ下で中学二年生。この子がまた将来が楽しみなとびきりの美少女でしかも泉月と違い社交性に秀でていた。

「光輝君は来年受験かな? 御堂藤みどうふじ受けるの?」俺は遠慮なく訊いていた。

「一応受けるつもりです」光輝は答えた。

って、か?」俺はすかさずつっこむ。

「そんなことないです」

「良いんだよ」

 俺は耀太と顔を見合わせて笑った。

 俺たちの学校は元女子校で良家の子女が多く通っているが進学校としては二流だ。同じ市内なら秀星しゅうせい学院の方が偏差値も高いし進学実績もある。さらに東矢家は横浜市内にあるからそちらにも進学校はあった。

 すぐ横にいた和泉と秀一がチラリと俺たちを見た。この二人は静かに話をしながらバーベキューを楽しんでいたが明らかに俺たちの会話を聞いている。

 多分和泉も秀一ももっと偏差値の高い中学を受けたはずだ。今通っている我らが御堂藤学園に一切不満がないとは思えなかった。俺はこの学校に来て良かったと思っているが。

「光輝、あなた秀星にしなさい」真咲が弟に言う「そうしたら再来年、私も秀星の高等部に行ってあなたの面倒を見てあげるわ」

「何だよ、それ!」

 この二人はいつも仲の良い姉弟ゲンカをする。何となく俺と涼音すずねの関係に似ていて微笑ましかった。

「真咲ちゃんは今、公立の中学?」

 和泉が訊いた。囲む鉄板は二つに分かれていてもこの六人で話をしている感じだ。

「はい、聖麗せいれいに入ったのですけれど校風が合わなくて一年で退学しました」

 そんな話を聞いたな。聖麗女学館せいれいじょがっかん横浜校中等部に入って一年でやめたという話。今は公立中学に通っているのか。

「剣道部に入って生徒会活動をしています」

「東矢家は生徒会に入るのが当たり前なのか」俺は感心した。

「初段を持ってるの?」和泉は訊く。

「今年中にはとります」きっぱりと言う。「泉月お姉さまを尊敬していますから」

 泉月の背中を見て後を追っているような言い方だった。

「そういえば姉さん、泉月ねえ様ともう互角になっているよな」

「それは凄い」和泉が言った。

「お姉さまは今はほとんど竹刀を握っていらっしゃらないもの」

 こんなキラキラした従妹弟たちと一緒に住んでいるのか。二人揃って秀星学院に通うようになったら泉月はどのように感じるのだろう。俺は和泉を見た。

「あなたたち二人なら泉月と同じくらい努力したらきっと追い越せると思うわ」和泉はいつもの明るい笑顔で励ますように言った。

 チャラ男の樋笠大地ひがさだいちはそれを素直に聞いたが、その奥にいるはそれを違う意味に受け取ってしまった。

「泉月と同じ努力ができるならね」和泉のそんな声が聞こえた気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る