回想 中等部三年の夏休みー軽井沢ー②
初日の午後はいくつかのグループに分かれて過ごした。テニスに興じる者、周囲を散策する者、そしてプールに
俺と
避暑地だけあって東京より少し涼しい。プールに浸かるならこの時間帯だと思ったからだった。
そしてこの流れに
そして
中規模のホテルにしては大きめの二十五メートル×十五メートルのプールだった。水深は一メートル。溺れる心配はない。
和泉と女子二人がそこで泳ぐ。泳ぎに自信のあるメンバーのようだ。水着はセパレートだったがビキニという程ではない。和泉がタンキニでトップスも着たまま泳いでいた。
俺と耀太、そして泉月の従妹弟はプールでボール遊びをしていた。
何とものどかな休日。入るときに冷たく感じた水はちょうど良い温度になっていた。
水沢先生は水着の上に自前のガウンを来てパラソルの下にいた。ぽつりとひとり残されるかたちになったが、水沢先生に声をかける若い男性はいなかった。水沢先生がそれを期待していたかどうかわからないが。いや、多分、ちょっとは期待していただろう。
一時間もした頃、テニスをしていた恭平たちが水着姿でやって来た。それで一気に賑やかになった。
初め明音が鬼になった。明音は執拗に恭平を追い回したがマジで逃げる恭平に追いつけるはずもなく、標的が俺になった。
「
「げっ!」
あっという間に俺は明音に捕まった。明音、速すぎるよ。これに捕まらない恭平もどうかしているが。
俺は人並みには泳げるつもりだったが、恭平、耀太はおろか女子すらなかなか捉えられなかった。
追いつめてもいざと言うとき女子に触れられない。
「きゃあ! 痴漢!」
和泉が叫んで俺が怯んだ隙に逃げる。そしてニヤリと笑った。こいつは楽しんでやがる。
泳ぎのスピードでは和泉と明音の二人は別格だった。俺は標的を替えることにした。
そばに純香が見えた。純香は華奢な体躯だが運動神経は良い。ただ体力に関して和泉や明音には劣っていた。
純香はピンクと紫、黄色のパステルカラー模様のセパレートを身につけていた。プリンセス・ポーチュラカといった装いだ。
予想通り胸はそれほどない。俺の姉
俺がロックオンしたことに純香も気づいた。
「いや!」とか言ったかどうかわからないがそんな顔をした。俺、変態野郎か?
「「変態だ!」」和泉と明音が声を揃える。
こういう時共闘しやがるからな、こいつら。
「ダメだよ! 純香に触っちゃ」梨花が純香の前に出て純香を隠した。
一番小柄な梨花の陰に純香が隠れる筈ないのに隠れたように見えた。梨花が大きく見える。いや実際大きかった。胸が。
水着が持ち上げたせいもあるだろうがグレープフルーツみたいだ。何カップあるんだ? 改めてその破壊力に俺は圧倒された。
「頭以外のタッチは有罪とみなす!」明音が言い女子はみな笑った。
何だよ、これ。
俺は結局誰も捕まえられず明音の温情タッチで鬼を交代してもらった。
疲れて俺はプールから上がった。パラソルとビーチベッドのあるところに移動する。
そこには優雅に寛ぐ水沢先生の他に
璃乃は相変わらず眼鏡をかけていて頭はお下げにしていた。
泉月は腰まであるストレートの黒髪を下ろしていて、それが緩やかな風になびいてこの世のものとは思えないほど美しかった。
「入らないのか?」俺は近くの椅子に腰を下ろして二人に訊いた。
「もうすっかり涼しくなってきたから」璃乃が言った。
確かに今から入ると水は冷たいかもな。
「先生も入りませんでしたね?」俺は水沢先生に言った。「せっかく水着まで用意したのに」
「大地には目に毒だろうな」璃乃が言う。「でも私には見せて下さい、後で。お願いしますね?」
相手によって言葉遣いを変える。水沢先生には殊勝な態度をとるのだ。授業中のミスを糾弾する時以外は。
明音にヤングドクターの目に留まるかもと
若い男性だけのグループなどない。ここは病院職員の利用施設だった。組合員の家族連れが圧倒的に多いのだ。
「入りません」水沢先生は
何だか可哀相だな。早く春が来ると良いな。まだ夏だけど。
俺は空いているベッドに横になって目を閉じた。
パラソルの下に水沢先生と璃乃、泉月の三人だけがいる。こういう時水沢先生が口を
風の音と
気持ちよくて、眠いな。
その時泉月の声がした。
「先生、一つご教示願いたいことがあります」また
「何かしら?」
「キスの仕方です」
俺はぎょっとして目を開けた。いつもの無表情の泉月の横で璃乃は眼鏡を半分ずり落とし、水沢先生は
「先生はキスの経験はございますか?」
は、何言ってるの? 泉月。それってセクハラにならない? 俺たちでも先生にそんなこと訊けないよ。
俺はてっきり水沢先生がすぐに何か返しをすると思った。「どうしたの、
「差し支えなければキスを教えていただきたいのですが」泉月が真面目に迫る。
俺は泉月が水沢先生の唇を奪う妄想を抱いた。
「そんなの教えられません!」
ぷるぷると震えながら水沢先生は答えた。両手が泉月をブロックしているよ。
「泉月」その時璃乃が助け舟を出した。「キスだったら明音だよ。あいつはキス魔だ。純香や梨花のファーストキスは明音だからな」
「それってホッペじゃないのか?」俺は声をあげていた。
「聞いていやがったな、このスケベ野郎」
「いや聞こえるだろ! 普通」
頬についたクリームを明音がなめるシーンを何度も目にしている。それでキス魔だと俺も思っていた。
「唇に決まってるだろ」まさかの百合?
「お前もやられたのか?」
「私はそんなことさせないさ」
「相手にされてなかったなっ……」俺の脇腹に璃乃の手刀が入った。痛い……。
「そう……やはり明音なの……」なぜか泉月は納得したような顔をした。「明音に訊くのが一番なのね?」
「そうだけれど、そっちの世界に引き込まれるなよ」
「大丈夫」そう言って泉月は立ち上がった。「ありがとう、璃乃」
「役に立てたのなら光栄だよ」
何が光栄だよ、大丈夫なのか?
泉月の行動は予測できない。泉月を相手にした時の明音の行動はもっと予測できない。しかし今回の場合は……。
「
泉月が立ち去ってから水沢先生は我に返ったようだ。
「先生が答えられないようだったので、答えられる人を教えてあげただけですよ」
璃乃は首を少し傾け、眼鏡の奥の目を細めた。
何か怖い。水沢先生と璃乃の間にバチバチした光が見えるような。
璃乃の示唆がなくても泉月は明音に訊いたかもしれない。この頃の泉月は明音に傾倒していたから。
しかし結果的に璃乃は泉月を
だから璃乃、お前にも少しは責任があるんだ。いつかその責任をとってくれよな。
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