俺は集られ、いじられる

 俺は教室に戻った。

 昼休みは残り少ない。だからクラスメイトはほとんどいた。

「どうだった? 大地だいち」左隣の梨花りかが訊いてくる。

「課題をもらったよ」

 俺は水沢みずさわ先生にもらったプリントを机の上に広げた。

 げっ! こんなにあるのかよ!

「どれどれあたしにも見せて」梨花が体を寄せて覗き込む。

 ほのかに良い匂いがするし、下ろしていた髪やらセーラー服の袖やらが俺にこすれて制服越しだが心臓に悪い。

 遠慮して右へずれたらそこに璃乃りのが来ていた。

「どれどれあたしにも見せて」梨花の物真似をする璃乃。

 めちゃ似ている。こいつは声優の素質があるのではないか。

「お願い!」手を合わせて俺を見上げる。「うるうる」

「あたし、そこまでやってないよ、璃乃」梨花が頬を膨らませた。可愛い。

「冗談はさておき」璃乃はまた男言葉になった。「そのプリント、後で撮らせてくれ」

「は? ただの補習プリントだぞ」

「チッチッチ」璃乃は指を振った。「わかってないな。だから私に勝てないのだ。劣等生に良い点をとらせようとして渡したプリントだ。そこから試験に出ると考えるのが妥当ではないか」

 なるほど。

「だとしても、俺以外にももらったやつがいても」

「お前がいちばん近いではないか」カッカッカという笑い声が聞こえる。

 前の席の真鶴まなづるさんが振り返った。声がしたあたりには地味な眼鏡女子しかいない。

 また腹話術かよ! お前それを老人施設でやってくれ。

「真鶴さんもせっかくだから写真撮らせてもらったら」璃乃が真鶴さんに女子口調で優しく言った。

「良いの? ありがとう」って、礼は璃乃ではなくて俺に言えよ。

「人気者だな、大地」後ろから耀太ようたの声がした。

「もうみんな勝手に撮れよ~」

 ということでその日の授業が全て終わりショートホームルームもすんだ後、俺のプリントを三人がスマホで撮影していた。

 そこにちゃっかり明音あかねも加わった。耀太を入れて五人になった。

 俺は真鶴さんがいることを忘れてついあのことをみんなに訊いた。

「夏休み恒例の東矢とうや家別荘避暑会、今年もあったら参加するか?」

「するする」と梨花。

「招待されたら行くよ」と耀太。

「その話が水沢先生から出たのね?」と訊いたのが明音だった。

「うん、そうだよ」俺は答えた。

「その言い方だと開催は決定ではないのね?」

 明音が何気ない顔で訊く。目は真剣だった。今年は参加を見送りそうだな。

「よくわからないけれど、俺たちも高校生になったし、それぞれ予定もあるだろうから無理に開かなくても良いのでは、という雰囲気もあるらしい」俺は勝手な憶測を言った。

「そもそもの始まりが泉月いつきの保護者の意向だったからね」明音が言った。

「ああ、そうだったね」と璃乃が相槌を打った。

 俺は一年目参加しなかったから直接聞いたわけではなく、後から水沢先生から聞いた。

 もともとは孤立しやすい泉月を案じて成績の良いクラスメイトを招待して泉月と仲良くしてやってくれ、と保護者が俺たちにお願いする場だったのだ。

 保護者というのは泉月の叔父だった。

 泉月の両親はすでに他界していた。彼女は実の親を知らずに叔父家族の家に引き取られて育った。その家は横浜の山手にある豪邸で何人もの使用人がいた。

 俺たちも何度か行ったことがある。叔父夫婦とその娘息子――泉月にとっては従妹弟になる――がいるところに居候するかたちで泉月は住んでいた。

 いとこたちとその母親は明るい人だった。にもかかわらず泉月があのような感情が表に出ない人間に育った原因は簡単には推し量れないだろう。

 小学生時代、泉月は友だちもいなかったようだ。それを案じる叔父の気持ちもわかる。

 ただ、その叔父は、この人本当に医者なのかと思うくらい冷たい感じの人だった。何を考えているのか全くわからない。泉月はこの人に似たのではないかとさえ俺は思っている。

「招待されたら私は行くよ」璃乃が言った。「断る理由もない」

「そうだね、あたしも行くよ」明音が言った。

 行くんかい! 恭平も来るんだぞ、多分。

 俺は心の中でそう思いながら明音を見た。

「私は優雅に過ごすよ」明音は平気そうだ。「今年はペンションなのか? ホテルか?」

 ペンションだと貸し切り、ホテルなら他に宿泊客がいる。

「それ大事なことなのか?」俺は訊いた。

「プールがあるかないかとか違いがあるじゃないか。プールがあるなら水着を買わないとな」

 俺は明音たちの水着姿を想像した。

 もう高一だしな。一年経つごとに体も変わる。

 俺は明音と梨花にジト目を向けられた。

「呼ばれるのを前提に考えているようだけれど、大丈夫なのか?」璃乃が訊いた。俺の方を向いて。「今年の招待条件は何だ?」

「それは……」

 俺はS組十傑プラスアルファを考えていたのだが、よく考えると高等部新入生もいるのだ。ランキングも大いに変わるだろう。

「そんなの泉月の友人というのが第一条件だよ」明音が言った。「ランキングは二番目の条件。だから泉月の交友関係を考えるとA組と生徒会メンバーから選ばれる。十五人くらいじゃない?  多くて二十人」

「一学期の成績だな。頑張れよ、大地」璃乃に肩を叩かれた。

「キビシー」俺は叫んだ。

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