生徒会室の住人

 次の日、俺は朝から考えていた。

 東矢泉月とうやいつきの意思確認。水沢みずさわ先生はそう言ったがそれが簡単でないことは明らかだ。しかも単刀直入に訊くな、だと。

 単刀直入に訊くと本音を語らないからというが回りくどく訊いても無理じゃね。

 泉月いつきは余計な話をしない。必要ならば相手が誰であっても臆せずにいくらでも弁論するが不要なことは喋らないのだ。よって世間話は一切ない。これは一種のだと俺は思っている。

 しかも俺、しばらく泉月と喋っていない。「おはよう」の挨拶だけだ。

 最後に喋ったのはいつだ?

 中三の頃だとは思うが。

 今も一限目が終わるなり席を立った。わずかな時間でもほとんど生徒会室にこもっている。これでは生徒会室に行かないと話もできない。まさに生徒会室の住人だ。

 そんな相手から意思確認をとれだなんて、最難関のクエストだ。

 おそらく水沢先生は和泉いずみ璃乃りのにも同じクエストを課しているだろうから俺がしくじっても体勢に影響はないと思う。

 ダメかな、そんな甘い考えでは。

 しかし俺は基本的に真面目なのだ。可愛い水沢先生に言われたら先生のために働くしかない。

 俺は席を立った。そして生徒会室に向かう。

 休憩時間が十分しかなくても泉月は生徒会室でわずか五分だけでも作業をする奴なのだ。

 って、その貴重な五分を俺は邪魔することになるのか。やれやれ。

 俺は急いで生徒会室まで行き扉をノックした。

「失礼します。一Aの樋笠ひがさです。東矢さんは在室していますか?」とか言いつつ、返事も返ってきたためしもないので扉を開いた。

 泉月はいた。そして男子生徒と女子生徒が一人ずつ。

 男子は例の、純香すみかの手にキスをした星川ほしかわとかいう奴だった。

 相変わらず周囲にキラキラと花が舞っているような幻覚が見える。

 俺は一旦目閉じてから開いた。うん、大丈夫だ。

 もう一人の女子は中等部の現生徒会長で三井寺みいでらだった。一年下の三井寺は泉月の信奉者だ。そしてこの子も堅物。

 もし将来東矢泉月、三井寺と高等部生徒会長になったとしたら二年続けて堅物の生徒会長の誕生だ。

 うは、窮屈な学校になるな。

「東矢さん」俺はすでにこちらを振り向いていた泉月に声をかけた。

樋笠ひがさ君、何か用かしら? 私たちは役員研修中なのだけれど」

 いろいろツッコミたいところはあるがここはひとつにしぼるしかない。

「アポイントメントをとりたい。十分じっぷんだ。お願いします」

「ご用件は何かしら?」

「夏休みの件だ」

 それで伝わると思った。

 泉月はほんのわずか静止して、そして答えた。

「今日の二時間目と三時間目の間の休み時間にこの生徒会室まで来て下さい」

「わかった、ありがとう」

 俺は顔をしかめる三井寺の視線を感じつつ生徒会室を後にした。

 踵を返す直前に星川のグッジョブが見えた。

 何だよ、それ。どういう意味だ。俺は別に泉月に告白する機会をつくってもらった訳じゃないぞ。

 教室に戻る途中でいろいろ頭に上がってくる。

 星川は本当に役員になったのだ。なぜなれたかはわからない。そして奴の研修のために泉月は休み時間を潰している。

 星川と二人きりにさせないため三井寺がいたのだろう。

 他人の貴重な時間を潰して星川はへらへらしている。なんて奴だ。

 そして俺は思う。アポイントメントひとつとるのにも苦労する。

 泉月はスマホを校内で持ち歩いていない。それどころか、S組のSNSグループに泉月だけが入っていない。

 俺は泉月がスマホを操作しているところを見た記憶がなかった。そもそもスマホを持っていたっけ?

 そしてまた今日の長休み、二十分あるはずだが体育の授業の前だぞ。着替える時間を考えると十分確保も難しいのではないか。

 まあ良い。どんなかたちであれ一歩は踏み出す。

 俺は二時間目が終わると一目散に更衣室へ向かい体操服への着替えを済ませた。そして生徒会室に向かう。

 泉月の方が遅いかもしれないが待っていれば良いだろう。そう思ったのだが……

「早かったのね、樋笠君」

 泉月はいた。ひとりで。

 脱いだばかりの制服スカートを長机の上にひらりと置いた。そして上も脱ごうとしている。

 俺は着替え中の泉月に出くわした。

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