保健室で恭平は語る②
「夏休み、俺は有頂天になっていたぜ。後にも先にもあれほど高揚していたことはない。しかし
付き合うことを決めた日にあんなキスをしたのだからずっと一緒にいると間違いを犯すと和泉は思ったのかもしれないな。
「デートとかしなかったのか?」
「そんな時間はなかったな。その代わり俺は泉月の家に招かれた。夏休みが終わろうとしていた時期だ」
「ほう」
そんなことがあったのか。何となくその先の展開が読めた気がした。
「俺はすごく緊張して、かなり正装して行ったぜ」
どんな格好をしたか気になったが突っ込まないでおいてやろう。
「東矢家は横浜に二つ
いたんだな? いると思ったよ。
「泉月の部屋に入っても二人きりになることはなかった。そこに
仕方ないな。光輝も退屈していたのだろう。
「泉月も俺をどう扱えば良いか戸惑っていたようだしな」
泉月のことだ。どこかからおかしな情報を仕入れて、自分の部屋で二人きりになったらするべきこととして、あんなことやこんなことをしでかしていたかもしれない。
俺はおかしな妄想をしてしまった。
「そして夕食までご馳走になった。そこに叔父一家もいた。俺は客人扱いされて困ったよ」
よく耐えたな。
「その後だ。俺は一人、叔父さんの面接を受けた」
多分それ、尋問だったんじゃね?
「君の将来について聞きたい、とか言うんだぜ。俺、就活に来たんじゃなかったんだけれどな」
うはあ……。
「前ふりで
恭平ならあの叔父の値踏みにも堪えられると思ったのだが。
多分あの叔父は恭平でなくても誰にも泉月をまかせるつもりはないのだ。
「将来設計のいい加減な人間に娘はやれん、と言われた時はビビったぜ。中学生に言う言葉か? しかも『娘』って、実の子と等しく姪を育ててきた自負があるのだろうけれど、いきなり結婚の話になっているんだ。俺はお嬢さんを下さいと挨拶に来た訳じゃないのにな」
いや娘なんだよ。泉月の実の父親とあの叔父は一卵性双生児だったから遺伝子的には父親と同じだろう。
それにも増して厄介なことに母親はかつて自分が愛した女性だ。その女性にそっくりに成長した泉月は叔父にとって特別な存在だったんだ。
「そんなことがあってその日の訪問はほぼ顔合わせだけで終わった。俺は将来について考えたね。泉月と結婚する未来とか。でも全くイメージが湧かなかった」
そもそも泉月は家事ができないしな。家庭科の実習は明音や梨花が手伝っていた気がする。
おそらく泉月は医者になるのだろう。その夫も同じく医者で、二人して財団の病院を運営していくに違いない。そこに夫婦生活なるものはあるのか?
「そして新学期、俺と泉月は久しぶりに顔を合わせた。そして俺は泉月に別れましょうと言われたんだ。俺が理由を訊くと『あなたとは結婚できない』と言われたよ。中三の秋だ」
どこの世界の話だ? ファンタジーか? ふつう婚約破棄されるのは女の方だろ。
「俺は天国から地獄に落とされた気分だったよ」
さすがにその時のお前には同情するよ。
「少し時間がかかったが今は落ち着いている。今では、本当に俺は泉月を好きだったのかとさえ思うよ。あれは恋ではなくて泉月の境遇に対して生じた同情だったのではないかとな」
本人でないとその気持ちはわからないが、それは立ち直るためにそう思い込むしかなかったのではないか? 俺はそれが恋だったのだと思うけど。
ただ泉月の方はわからないな。あいつが本当に恋愛感情を抱いたのかとても疑問だ。真面目だから考えた上でとった行動だろうけれど、それは恋ではなかったのではないかと思う。
「そろそろ行くか」恭平は言った。「休憩時間になったら和泉やら梨花やらがここに来そうだ。面倒くさいことになる。その前に教室に戻るぜ」
そう言うと恭平はあっという間に支度して「先に行ってる」と言って保健室を出ていった。
俺は出遅れた。
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