姫に喋らせるために俺は考えた

 俺はしばらく生出おいでと話し込んだ。

 法月のりづきは目が覚めたらしく、欠伸あくびはするものの俺たちの話に聞き耳を立てていた。

 俺は数日前に灰庭雪舞はいばゆまから聞いたことをこの二人からも聞きたかった。しかしどう切り出したら良いかわからず世間話をするかのように近況から語り合った。

「法月さんはS組みたいなカースト上位の陽キャグループが眩しすぎるんだよ」生出は笑った。

 法月は不貞腐ふてくされたような顔をしている。時々何かぼそぼそ言うがそれは生出に対するツッコミやボケのようなものらしい。

「それにコミュ障だから」

「やっぱ、東矢とうやさんに似てるね」俺はここぞとばかりに無理やり泉月いつきの名を出した。

「違うってよ」すかさず生出が代弁した。

「そうそう、また今年も東矢家の別荘地に何人か招待する話が出ているんだけど、君たち中一の時呼ばれたよね? 俺は行けなかったけど」

 中一の時だけ俺は行っていない。その時呼ばれた一班がなぜか夏休み以降リーダーシップを発揮できなくなったことと避暑会が関係しているのか俺は気になったのだった。

「ああ、そういうこともあったね」

 生出は急に歯切れが悪くなった。法月がくくっと笑ったように見えた。

「もう僕は呼ばれないからね」

「何かやらかしたのか?」

「成績が悪いからだよ」

 確か生出は一班のトップだったから中等部の入試は首席だったはずだ。二位が法月、三位和泉いずみ、四位明音あかね、五位雪舞ゆまで一班の勇者パーティーだ。俺は過去のデータを調べてそれを頭に入れていた。

「そんなことないだろ」

「いや、僕の実力はこんなものだよ。中一の一学期でメッキが剥がれた。たまたま入試の成績が良かっただけさ」

 隣で法月がうんうんと頷いている。そこはもう少しフォローするところだろ。

「夏休みの避暑会で何かあったのか? 俺は一年目参加できなかったから知らないけれど灰庭はいばさんが何か意味ありげなことを言っていたし」

「え、何て?」

「はっきりとは教えてくれなかった。でもそれがきっかけで和泉や明音が東矢さんより良い成績をとらなくなったって」

「そんなことないと思うよ」

 生出は否定した。嘘をついているようには見えない。

 法月はというと、また生出に何かぼそぼそと言い、生出が代わりに答えた。

「あたしたちは単純に成績が落ちただけ――だってさ」

 また法月はうんうんと頷く。こいつ本当に喋れないのか?

 法月美鈴のりづきみすずとは中一の時だけ同じクラスだった。あまり話した記憶はない。今の泉月いつきみたいに近寄りがたい雰囲気を撒き散らすクールビューティーだったと思う。

「そうか、じゃあな」

 それ以上情報収集は無理と判断して俺はC組を引き上げた。

 しかし俺はそれですませるつもりはなかった。

 生出はのらりくらりとかわすタイプだが法月は叩けば埃が出そうだ。外見に似合わずポンコツに違いない。何となくそんな気がした。

 だから俺は行動を起こした。放課後法月を捕まえて話を聞く。拉致してしまえば口を割るだろう、などと悪どい考えがよぎってしまったがそんなことができるはずもない。

 まずは協力者が必要だ。女性で、人畜無害で思慮深く、そして口が固い人物。しかも法月と面識があるA組の女子。

 はじめは水沢みずさわ先生に頼ろうかと思ったが忙しいだろうし、法月が警戒するのが目に見えている。だから俺はボランティア部に行こうとしていた前薗純香まえぞのすみかに声をかけた。

 プリンセス純香すみかなら法月も心を開くだろうと考えたのだ。

「純香、ちょっと良い?」

 俺が呼び止めると純香はひるがえり微笑んだ。「どうしたの? 大地だいち

 いや可愛すぎるだろ。

「すまない純香、俺に付き合ってくれないか?」

「え? えええ!?」純香は真っ赤になって動きを止めた。「まあ、どうしましょう……」

 俺は言い方をミスった。普段物事に動じない純香が時々とんでもない勘違いをすることを俺は肝に銘じておくべきだった。

「大地は明るくてとてもよい子だわ。でも私、まだそういうことは、そのう、考えられないの……」

 早く止めないとこっちまで恥ずかしくなってくる。

「ごめん、違うんだ。ちょっと俺に手を貸して欲しいってことだよ」

 そう言うと純香はまた動きを止めて、さっきよりさらに真っ赤になって「ご、ごめんなさい。私としたことが……」

 これは時間がかかるな。

 てか、告白って意外と簡単にできるんだな。今のは間違いだけど。

 それどころか一押し二押しすれば良い返事も貰えたんじゃね。

 後になってから俺は純香の誤解を訂正しなくても良かったのではないかと思った。

 本当に惜しいことをした。機会を改めてまたチャレンジしよう。うん。

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