回想 中等部三年の夏休みー軽井沢ー⑥

 アスレチックは午前で引き上げ、俺たちは送迎バスでレストランに移動してランチをとった。

 また席決めでめそうになったが和泉いずみがうまく言い聞かせてまとめてくれた。さすがは学級委員だ。

 四人掛けテーブルだったので、恭平きょうへいと同じテーブルに明音あかね梨花りか、そしてなぜか泉月いつきがついた。

 和泉は俺と初参加の女子二人と一緒だ。いや和泉たちのところに俺がいれてもらった格好だ。

「よろしくお願いいたします」と敬礼すると女子二人が大袈裟に笑ってくれた。

 和泉はニコニコしていたが内心は呆れていただろう。俺は道化者なんだよ。

「明音たちのところに泉月をいれたんだな?」俺は囁くようにして和泉に訊いた。

「生徒会の二人のところににぎやかしをてたんだけど」

 和泉はそういう言い方をした。泉月と恭平の二人にうるさい明音と梨花をあてがったみたいな言い方だった。

「私も疲れることあるし」

 また和泉は目を細めて微笑む。怖い。

 女子二人は目をキョロキョロさせていた。

 彼女たちも今回の避暑会で俺たちS組十傑の中の関係性を徐々に理解してきたに違いない。恭平の隣は純香すみかではないことも。

 恭平と純香は学校案内のパンフレットだけのペアだ。学校では生徒会役員として恭平はいつも泉月と一緒にいるし、遊ぶときは明音や梨花なのだと。和泉も一緒だがほどほどの距離をおいていた。

 無口の泉月と異なり従妹弟の真咲まさき光輝こうきはA組女子とも馴染んでいた。

 耀太ようた秀一しゅういちでなくても、光輝は年上女子でも大丈夫なようだ。そのあたりは母親の和紗かずささんに似たのかもしれない。

 父親は泉月に近いタイプだった。

 その父親は今晩こちらに合流するという。俺たち一人ずつにまるで面接するかのように話を聞きに来る。俺はそれが苦手だった。あれを苦手と思わない者はそうそういないだろう。

 ランチタイムが終わり、俺たちはホテルに戻った。


 午後はまたテニスとプールに分かれた。恭平、明音、梨花、真咲とA組女子が三人、テニスへと向かった。

 俺は昨日と同じくプール組だ。

「私たちはシャワーを浴びて午睡ごすいだ」璃乃りのが言い、泉月とともに部屋に消えた。

 その他はとりあえず全員プールに集まった。

 また水沢みずさわ先生が引率役になったが、水着には着替えたものの、プールサイドのパラソルの下で昼寝を始めた。午前だけでへとへとになったのだろう。

 せっかく明音たちに勧められてビキニを購入したのにまだ俺たちはその姿を見ていない。水沢先生はガウン姿のままだった。一度くらい見せてくれても良いのに。

 その代わりというわけでもなかろうが、女子たちは堂々としていた。

 今日の純香は昨日のパステルカラーではなく、すみれ色のセパレート姿だった。水着を二着用意していたのかよ。

 それは和泉も同じで、タンクトップは脱いでいてネイビーカラーのセパレート。上はボーダー柄のブラ、下はショートパンツだった。お前も同じ水着を着ないってか。

 二人とも胸はそんなにないはずなのに水着がうまく寄せているようで、俺はおおっと思ってしまった。

 他の女子たちもかなりいけている。やはり俺たちの学園は女子のレベルが高い。決して勉強だけではないな。

 俺は、耀太と光輝とともにまた鬼ごっこをした。ふだんあまり関わらない女子ともかなり親睦をはかって仲良くなったと思う。逃げる側になって女子に追われるのも気分が良かった。

 そうして疲れると代わる代わるパラソル下のチェアやビーチベッドで休んだ。

 昨日と同じくテニスで汗を流した恭平とその取り巻きがプールにやって来た。彼らが加わるとまた賑やかになった。

 俺はたまたまパラソルそばで水沢先生と二人になった。

 ほんの五分かそこらの時間だったが、そこへ泉月の叔父が姿を現したのだ。

 夜に到着すると聞いていたのに唐突な出現だった。

 のほほんとベッドに寝そべっていた水沢先生ががばっと起き上がったのが滑稽だった。俺は可笑しくて口許を押さえた。

 叔父の顔がまだ水沢先生に向けられていたので俺には余裕があった。

「先生、どうかそのままで」

 叔父は水沢先生を制したが、先生は立ち上がって若い娘が年長の紳士に丁重に接するようにお辞儀をした。

 おそらく水沢先生は一気に目が覚めただろう。

「ご招待いただきありがとうございます。今年もお世話になっております」

「こちらこそ貴重な時間をいただき恐縮です」

 叔父は仕事の場から駆けつけたようなシャツにスラックス姿だった。ネクタイこそしていないがホテルの支配人みたいだ。

 もちろん違うのだが、このホテルの経営が病院の組合で叔父が理事の一人として名前があるのだからあながち間違いでもない。

「予定より早く仕事が終わりましてね」と叔父は言った。

 それですぐに別のところに挨拶に行くのかと思ったら水沢先生とともにチェアに腰かけて話を始めた。

 俺はそこを離れるタイミングを失った。

 プールにいる連中が俺のことを憐憫の目で見ている気がした。

「今年は初めての生徒さんが五人いると伺いました」

「ええ、そうですわ」

 すっかり令嬢バージョンになった水沢先生はその五人の女子を呼び寄せようとしたが叔父がそれを制した。

「後でゆっくりと」

 うは、俺、初めてでなくて良かった。

樋笠大地ひがさだいち君だったね。来てくれてありがとう」

「僕の方こそ楽しませていただいてます」

 俺は緊張し完全に逃げ場を失った。

 この場に合流する勇気のある奴はなかなかいない。唯一できそうな和泉にしても、大人が話を始めたばかりだから近寄ろうとはしなかった。

「ところで先生は」差し障りのない話ばかりだが叔父は頻繁に話題を変えた。「高等部でも泉月たちのクラスの担任をしていただけるのでしょうか?」

「こればかりは私にもわかりかねますが、担任団の多くは中高六年持ち上がるようですわ」

「そうですか、良かった。校長先生には是非水沢先生を来年度以降も担任でお願いしますと伝えましょう」

「ありがとうございます」

 いやもうこれ、決まりじゃね? 学校法人の理事だし、寄付金の額も半端ないようだし、権力者でしょ。人事にまで口が出せるのだから。

「失礼ですが、先生はご結婚のご予定は?」

「ありませんわ」

「お相手は?」

「残念ながら」

 水沢先生はひきつったような笑みを浮かべた。地雷だ。

「担任を続けられると出会いもないのでしょうね。差し支えなければ泉月たちが無事卒業した暁には医療法人の若手医師を紹介させていただきましょう」

「……その節はどうぞよろしく……」

 水沢先生は戸惑いの笑みを返した。嬉しいような悲しいような。あと三年半、結婚はおろか交際相手も作らないでね、と言われたみたいだ。

「ではのちほど」と言って叔父は立ち去った。

 まさかそれが言いたかったこと?

「先生、良かったじゃないですか」俺が先生をいじるのは通常定期だ。「俺たちを卒業させたらヤングドクターのご褒美が待ってますよ」

 コツンと俺は先生に小突かれた。それもまた俺の役割だ。

「あなたたちが卒業する頃、私は三十一よ。そのタイミングを逃してまた中一の担任をあてがわれたら次は三十七……」

 水沢先生は真面目だからな。途中で退職するという選択肢はないようだ。

 その後水沢先生は気がなったのか我が学園の女性教師の実情を話してくれた。

 新卒の採用面接の際にいろいろ訊かれる。特に重要なのが担任を持つ意志があるのかどうか。

 そこでもし無いと答えようものなら非常勤講師として一年ごとの契約更新になる。だから担任を持ちますと答える。

 すると今度は結婚の予定はあるのかとか、交際相手はいるのかとかセクハラみたいな質問がとんでくる。

 面接者は全員女性だ。だから答える。水沢先生が何と答えたのか興味があるところだが。

 そして晴れて採用。しかしはじめの二年間は試用期間だ。一応私教連しきょうれんに入るなど福利厚生はあるが担任を持たずに講師を務める。

 この期間に退職する先生も少なからずいるらしい。だから学校側も見極め期間が必要なのだろう。

 そうしてようやく三年目に副担任を持つ。副担任と言っても事実上担任業務が待っている。

 それを無事こなして四年目に中等部一年生の担任となるのだ。新卒採用ならこの時点で二十五歳。だから同じ生徒を中高六年みたら三十一歳になっているというわけだ。

 そしてまた中等部一年生の担任に戻る。六年担任を務め上げたら三十七歳。

 生涯独身の先生も珍しくないらしい。しかし水沢先生の様子を見ていると結婚に憧れがあるようだ。

「今からでも婚活したらどうですか?」俺は能天気に言った。「いやむしろ僕たちが高等部にいる間に結婚して、僕たちが卒業するタイミングで産休をとるのが良いですよ。それなら僕たちも先生も万々歳」

「うん……そうね」

 何だか納得したようだ。水沢先生も単純だな。どういう婚活をするつもりだろ。

「だからパアッと遊びましょ!」

 俺の一言で吹っ切れたのか、水沢先生は立ち上がってガウンを脱いだ。

 ウッ! ショッキングピンクのビキニ!

 バストの形がちょうど良いくらいに整っている。さすがは明音! でかした!

 俺は鼻血が出そうになった。

 水沢先生はプールサイドまで走っていったが突然止まり、恐る恐る足を水につけた。

 最初は冷たいんですよ、もう四時近いし。

 しかしそこに明音やら和泉、梨花が集まってきて、先生に水をぶっかけた挙げ句にプールの中に引っ張り込んだ。

 悲鳴を上げる水沢先生。しかし楽しそうだ。

「やったわね!」とか言いながら明音たちを追い回し始めた。

 どれ、俺も参加するかな。

 俺はプールに向かって走った。

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