回想 中等部三年の夏休みー軽井沢ー⑤

 二日目午前中、俺たちは近隣にあるアスレチック施設を訪れていた。今日はここで遊べということらしい。

 俺たちは揃いも揃って運動神経が良かった。それは一見ガリ勉秀才に見える秀一しゅういち璃乃りのそして泉月いつきですら例外でなかった。

 泉月のいとこたち、今年初参加の女子五人も含めて俺たちはアスレチックの得点を競った。

 ただ一人、引率役の水沢みずさわ先生だけが手を抜いていた。

「先生、手抜き、手抜き」俺は遠慮なく突っ込んだ。

「私は体育会系ではないのよ」水沢先生は困惑したように言った。

「年のせいなんじゃないですか?」否定したい気持ちはわかるけど。

 この頃の水沢先生はまだ二十七歳だったはずだ。とはいえふだん動いていなければ中三の俺たちと同じようには動けないだろう。

樋笠ひがさ君、覚えてらっしゃい!」

 怖いけど面白かった。思い出したかのように担任の顔に戻る。

 俺たちは常々、担任が水沢先生で良かったと思っている。時々とんでもないことをするが。成績順に班分けしたりとか。

 明音あかね和泉いずみ恭平きょうへい耀太ようた梨花りかが先を争うように難所に挑んでいる。こいつらは運動神経が良いだけでなく、性格も負けず嫌いだ。

 俺ははじめはこの五人と一緒に動いていたが、急に疲れてきて残りのメンバーに合流した。いつものパターンだ。無理してついていくが、ついていけなくなって離脱する。明音や梨花には手を抜いたと思われるかもしれないな。

 泉月とそのいとこ二人、秀一、璃乃、純香すみか、そして女子五人に水沢先生。人数だけはメジャーな集団に合流したわけだが、お決まりのように洗礼を浴びた。

「落武者か」いきなり璃乃の痛切な一言を浴びる。

 その時の俺はふだんより髪が伸びていて汗で汚くなっていたから見ていられない姿なのはわかるけど、それはないんじゃね。女子五人に盛大に笑われた。

「ダメよ、笑ってあげちゃ。頑張ったのだから」

 純香は俺をかばってくれる。しかし純香もクスクス笑っていた。

「良いよ、良いよ」

 俺は片手を腰にやり、豪快に髪をかき上げた。たまに道化者を演じるのも俺の役目だ。

「苦労するなあ、大地だいち

 いや璃乃がはじめに俺をいじったからだろが。

 このメンバーなら口が達者な俺が中心になれる。実際初参加の女子五人が俺のことを面白がってついてきてくれたから、俺は気分良く体力を回復させることができた。

 ロープネットを辿って高台に登りきった。が気分爽快になる。

 次々とみんな登ってくる。光輝こうき、秀一、真咲まさき、純香、女子五人。

 最後の方に水沢先生と璃乃、泉月がいた。どうやら水沢先生を登らせるために璃乃、泉月が手を貸しているようだった。

「先生、お尻、重いです」

 璃乃がボソッと言う。水沢先生の尻を押し上げているようだ。役得だなあ。

「先生、手を貸しましょうか?」俺は悠然と先生を見下ろした。

「あ、ありがとう」

 俺が差し出した手を水沢先生が掴む。

 水沢先生、もう足が上がらなくなっているよ。と思った俺の目に水沢先生の胸の谷間が。

 シャツの隙間から見え隠れしている。そんなになかったはずだが、おそらく涼音すずねと同じくバストアップさせるブラをしているのだろう。

 俺は見ちゃいけないと目を背けたりしつつ、しっかり見てしまった。

「よいしょっ!」

 水沢先生は登りきった。そしてへたりこむ。

 その後すぐに璃乃。

「私には手を貸してくれないのか? スケベ野郎」璃乃には俺の挙動不審が見破られていた。

「ハイよ」

「冗談だよ」要らないらしく璃乃は自力で上がった。

 そして泉月。珍しくツインテにしている。それが新鮮で良い。

 明音が泉月の髪を纏めてやったらしいが、ツインテの高さが絶妙だった。明音のセンスが良すぎる。クールなのに可愛い。学校では絶対に見ないスタイルだ。

 泉月も自力で登りきった。

 俺たちは砦の上で深呼吸した。見下ろすと別のところに恭平たちが見えた。

 恭平を取り巻くように和泉、明音、梨花がいて、耀太が殿しんがりだ。何だか勇者パーティーみたいだ。中一の頃の一班メンバーとは少し違うが。

 中一の頃女子に面倒を見てもらっていた恭平が今や女子を率いる存在になっている。俺は感慨深かった。

 あの三人の女子なら恭平は誰を選ぶのか?

 恭平の隣は純香がもっとも良く似合うのだが、恭平も純香もその気はないようだ。何より、純香はまだ異性を好きになる気持ちが湧いてこないようだった。

 三人の中では梨花がぐいぐい恭平に迫っていると思っていたのだが、今はなぜか明音が一番恭平の近くにいるように見えた。

 恭平の顔を見上げてニカッと笑う明音が眩しく見える。そして恭平も。

 やっぱりこの二人、近づいたか?

 俺は何気なく視線を恭平たちから外して身近に向けた。

 水沢先生はへたりこんだままだ。取り巻く女子たちがねぎらっている中、遠くを見る泉月の姿が俺の視界で浮き上がった。

 泉月の周囲がモノクロになる。無表情の泉月が視線を送る先に恭平と明音がいた。

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