回想 中等部三年の夏休みー軽井沢ー④

 ホテルは二人一室だった。俺は耀太ようたと同室になった。恭平きょうへい秀一しゅういちが同室だ。

 女子がどのように部屋を割り当てられたのか俺は知らない。

 俺と耀太の部屋に、それが当たり前であるかのように何人か押しかけてきて、みんなでトランプをしていた。

 メンバーは恭平、秀一、和泉いずみ明音あかね梨花りか純香すみか光輝こうきだった。

 狭い。耀太がいるだけでも狭いのに。

 来なかった泉月いつき璃乃りのが同室らしいことはわかった。二人は早く寝るのだろうと俺は思った。いや、ひょっとして二人で勉強しているか?

 をしていたのだが、このメンバーだと和泉と明音が勝ちまくる。俺や純香、梨花は負け組だ。はじめに見事に貧民に落ちたものだから一生い上がれなかった。

 十時を過ぎた頃、璃乃がやって来た。

「まだやっているの?」璃乃が呆れる。そして小学生の光輝に顔を向けた。「お母様が心配していらっしゃるわ」

 その一言で光輝が残念そうな顔をしながら出ていった。これは叱られるのかな。

 そして明音が席を立つ。

「璃乃、ちょっとの間よろしく」

「負けても知らないよ」

「璃乃なら大丈夫」

 明音と璃乃が交代した。

 ひょっとして明音は泉月に会いに行ったのか?

 俺はプール脇での泉月の様子を思い出していた。泉月は明音とのアポイントメントをとったのかもしれない。

大地だいちの番だよ」

 璃乃が俺を睨んだように見えた。勝手なことを想像するなという戒めか。

 三十分ほどして明音が戻ってきた。鼻歌まじりで機嫌が良い。何というか、上気じょうきしていた。

 本当にしたのか?

 明音と泉月。学校ではほとんどからみがない。それは行動エリアが異なるからだ。

 泉月は生徒会活動で忙しく、教室にいても無口で誰ともあまり関わらない。

 一方明音は教室にいて恭平、純香、梨花、和泉や俺や耀太と談笑する際の中心にいた。

 接点はほとんどないのだが、時々二人で何やら話をしていることがある。どうも泉月は明音には心を開いているようだった。それは明音が面倒見が良く、誰とも仲良くやっていたからだろう。

 十一時を回っていたから和泉の一言で解散することになった。

 俺はつい明音に訊いていた。

「泉月と会っていたのか?」

 明音はぎょっとしたような顔を俺に向けた。

「いや、何となくそんな気がして」やっぱり触れてはいけなかったか。

「どうしてそう思ったの?」

 明音は周りを気にしていた。しかし皆、遊び尽くしたような顔で部屋を出ていく。

「また明日な」恭平の顔が明音を見たように思えた。特定の誰かに向けて言ったのではないのかもしれない。

「うん、明日ね」明音は明るく恭平に笑った。表情の使い分けがはなはだしい。

「また明日また明日」梨花が純香と手をつないで恭平の後を追うように出ていった。

「たまたま廊下で泉月に会ったから話し込んだだけだよ」

 部屋を出たところで、明音は俺に言った。

 皆の背中が遠ざかる。耀太はすでにベッドに寝ていていびきが聞こえていた。

「そうなんだ。俺はまた泉月を食べちまったのかと……」

 余計なことをつい口にしてしまう俺の病気は治らない。いつもバカなギャグを言うから冗談だと大抵の者は思うだろう。

 しかし明音は、恭平に向ける赤いとはまた違う色の赤いをして俺の肩に手を置いた。

「冗談でもそういうことは言わないで」

「ごめん、悪かった」

「良いんだよ、わかってくれたら」

 明音は俺の顔を見上げた。

 明音の唇が何だかしっとりと潤っているように見えた。

 おや、これはもしや俺にも春が…………来るわけなかった。

「他人には滑稽に見えることでも当人にとってはとても真剣なことは多々ある。ね?」

 みなまで言わせるなと明音は言っているようだった。

 明音は泉月の願いに答えたのか?

 キスをご教示願いたいという泉月の願いは叶えられたのか。

 その時の俺にはわからなかった。

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