部活勧誘で俺はモブ

 それから俺たち三人は体育館の出口まで歩いた。

 途中何人もの同学年生徒と挨拶を交わした。俺だけでなく梨花りか純香すみかもいたものだからそれぞれの顔見知りが声をかけてくるし、たいした知り合いでなくても純香はプリンセスだったからみな何かしら挨拶をしていく。学園カースト最上位の陽キャグループの宿命だ。

 俺は外面そとづらの良さをいかんなく発揮した。

 そんなことをしていたものだから俺たちは出遅れた。

 もともと本来登校日でない二年生三年生が先に来て、出てくる新一年生を迎えるのに良い場所に陣取っていたから俺たちボランティア部に良い場はなかった。ボランティア部の三年生は幽霊だからもちろん来ていない。

「昼は幽霊現れず、か」

「大地も殺した」俺がボケると梨花がツッコミを返した。

 演芸部やレクリエーション部は良い位置を確保していた。俺や梨花がいなくてもうまくやるようだ。

 しかしボランティア部はそうでない。俺たちが動かないとダメなのだ。

 ここに耀太ようたがいたらと思ったが、その耀太はサッカー部に駆り出されていた。あの巨体で動きが俊敏だから囲い込むのは上手い。これはと目を付けた生徒を次々と捕まえた。

「もはや誰でも良いよな」俺は言った。

 体育会系の部活でないなら体格はどうでも良い。

「女子はあたしが釣るから」と言って梨花は人混みに紛れた。

 いや、お前の方が男子を釣るのに適しているだろ。

 新一年生がたくさん出てきて、それを迎える上級生と俺たち内部進学生とでしっちゃかめっちゃかになった。

 俺は純香すみかとはぐれないように彼女の手を引いた。

 これだけ長い付き合いなのに純香に触れることなどそうはない。俺は役得を感じて嬉しかった。

 純香の手は華奢でやわらかい。お嬢様といった感じだ。おそらく我が御堂藤学園の昔ながらのカラーを受け継いでいる稀少な存在だろう。

「きゃ!」

「まあ、どうしましょ!」

などという純香の声が聞こえる。

 純香を連れていたら新入生を捕まえるのも難しい。しかし捕まえた時に純香の存在は武器になるのだ。

 ふと、少し前にフリーになっている男子の後ろ姿を見つけた。なぜか彼だけ勧誘の網をくぐり抜けていたのだ。俺はそれをすくうことにした。

 さっと近寄りそいつの肩に手をかけた。

「君、ひとり?」

 まるでナンパだ。耀太ようた恭平きょうへいがいないところでナンパすることになるとは。それも男だ。

 そいつはすぐさま立ち止まり、俺を振り返った。「あ?」

 みごとなヤンキーだ。目が座っているし、髪は逆立っている。そして入学式初日から制服の喉元ホックが外れて開き、何やら黒いインナーシャツが白シャツの隙間から見えていた。

「失礼しやした!」俺は反射的に頭を下げていた。

 とんだモブ男だ。これでS組とは聞いて呆れる。

「ふん」とか言ってそいつは向こうを向き、歩き出した。

「ダメだったの?」純香すみかの天然が炸裂した。

「ボランティアって人ではなかったね。ハハハ」俺は頭を掻いた。

 よく見たらそいつには声がかからない。そいつが歩くところ人集ひとだかりが真っ二つに割れて道ができるのだ。

 あんな奴、よくうちに来たな。ここは良家の子女が通うような学校なんだぞ。俺は違うけど。

 しかしそいつに声をかける稀少な者もいた。

「きみ、ちょっと」坊主頭がヤンキーを追いかける。

 この学園で坊主頭はとても珍しい。だから誰だかすぐわかる。同学年の佐田さだだった。

「きみ、武道部に入りたまえよ」

 お前、そこまで切羽詰まってるのかよ!

 元女子校だったこともあるが武道をする者は少ない。剣道部、柔道部、空手部、合気道部などをまとめて武道部と名乗っているのだ。そうでないと五人集まらない。

 佐田はヤンキーの肩に手をかけた。

 その瞬間、ヤンキーは俺の時とは違い、にわかに振り返って佐田の手を振りほどいた。

「お、良い動きしてるね。そしてそのこぶし、空手やってるね」

 ただのヤンキーではないようだ。拳を見ただけでそれを見破る佐田もどうかしている。

「武道部が君を待っているぞ」能天気な佐田の声がする。

 同じクラスになったことはないが佐田のキャラはよく知っている。その空気の読めないところも。

「あ? 俺に触るんじゃねえ」

 ヤンキーの体に触れようとする佐田の手とそれをはじくヤンキーの手が目まぐるしく交差した。

 シュッシュッシュッと音が聞こえそうだ。二人がいるところだけスペースができる。

「俺、知らねえ」

 俺は純香の手を引いてその場を離れた。あれは生徒会と部活連が出動する案件だ。

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