俺、プリンセスを奪われる

 その後俺たちはさまよった。まるで祭りだ。

 浴衣を着た純香すみかとデートなら良かった。などという妄想はすぐについえた。

 部活動に積極的でない新入生はほぼ帰っていった。半数ほどはいくつかの部活に興味があるらしく複数の部活の話を聞いている。そのおこぼれにあずかろうとしたのだが俺たちにはパワーが足りなかった。

 本来なら俺や純香すみかはS組の一員として取り巻かれる立場なのだが今回はそうならなかった。そんなものか。

 他の部の勧誘を受けた新入生に声をかけようと待ち受けていたがなかなかうまくいかない。

 純香の手を引いてうろうろしていたら和泉いずみから声がかかった。

「あらまあデート」

 俺は慌てて純香の手を放した。「ついうっかり」

「いくら純香が方向音痴でも、もう大地を見失わないよ」

 和泉は部活連のところにいた。六本足のテントが張られたところだ。

 和泉は陸上部のはずだが今回は勧誘のメンバーとならず部活連の一員として管理にまわっていたようだ。

「ボランティア部は苦戦しているようね」和泉は憐れむ目をした。

「すごい人だから」

 純香は人混みが苦手だ。もみくちゃにされて体を触られたこともある。だから俺が手を引いていたわけなのだが。

「案外、ここに静かに立っている方が入部希望者が寄ってくるかもよ」和泉はにっこり笑った。

 和泉はほんとうによくわかっている。

 純香すみかの姿を見た男子たちがひとりふたりと集まってくる。純香に声をかけて欲しそうな顔をして。自分から声をかけられないのが御堂藤みどうふじ学園の典型的男子だ。

「ボランティア部です。僕たちはきみを歓迎します。どう?」俺はひとりに声をかけた。

 するとそいつは「いや……」何でもないと言わんばかりに手を上げた。

「お話だけでも聞いていきませんか?」

 純香が声をかけるとガラリと態度を変える。「話だけなら」

 何だよ、それ。まあ、わかるけど。

 そこにいた和泉はクスクス笑っていた。

 そうして何人かに話は聞いてもらえた。入部してくれるかどうかはわからない。

 もともとボランティア部は兼部している生徒の方が圧倒的に多い。たまに奉仕活動に参加するのなら他の部に入ったままできるのだ。

 そんなことをしていたらその場の空気を変える奴が現れた。そいつは身長百八十はあろうかという男子で、しかもなかなかのイケメンだった。

 何だかそいつのまわりに白やピンクの薔薇が咲き誇っているような幻覚を見た。俺は思わず目をこすった。

「おお――」と、そいつは大袈裟に手を広げた。

「――もしや貴女が御堂藤のプリンセスではありませんか」そう言ったかと思うと純香とのを詰めて膝をついた。

星川漣ほしかわれんと申します」胸に手を当てて頭を下げる。王子様のつもりかよ。

「あの……どうか、お立ちになって」戸惑った純香は立ち居振舞いまでプリンセスになっていた。

 ときどきそういうことがある。それはつっこんではいけない。

 星川は思わず差し出した純香の手をとると「以後お見知りおきを」と言ってその甲に唇をつけた。

「何じゃそりゃああああ!!!」俺は思わず叫んでいた。

「えええ!」和泉が驚く声を久しぶりに聞いた。

「何だよ、お前!」俺だってそこまでしないぞ。

「おお、これは」星川は目を丸くして言った。「僕としたことが、あまりの美しさについ」

 狙ってやってるだろ!

 星川は生徒会と部活連の重鎮たちに連れていかれた。

 純香は呆然と自分の手を見つめている。その頬は少し赤らんでいた。

 俺は何て声をかけたら良いかわからなかった。

「いやあ……凄いのが来たね」和泉は心から可笑しそうにしていた。

 そこに梨花りかが戻ってきた。「ん? 何かあったの?」

「純香の手にキスした貴公子がいたのよ」和泉はまだ腹を抱えていた。

「えええ! 見たかった」いや違うだろ。

「私、どうしよう……」

「気にしなくていいよ。多分あれ、ただの挨拶だから」和泉が言った。

「他の女子にもやっていたのか?」

「知らない」

 今年の高等部新入生はおかしな奴が多いようだ。

「ところで梨花」

「なあに?」

「そっちはどうだった? 入部希望者いた?」

「ばっちしよ」梨花は得意気に言った。「レクリエーション部に三名、吹奏楽部に二名入れたわ」

 梨花が両手で二と三をつくった。

「えと……それで……ボランティア部は?」

「あ」梨花は目を丸めて口を手で覆った。「忘れてた」

 何だよそれ!

 俺は言葉が出なかった。

「てへ」と頭をかしげる梨花が可愛すぎだ。

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