S組定例会

 入学式兼始業式が終わった午後、俺たちは行きつけのカラオケボックスに集まった。

 まあ新年度の定例会、のようなものだ。もちろん非公式だが何だかんだとずっと続けている。

 俗にS組と呼ばれる俺たちA組最上位陽キャグループの集まりだった。

 メンバーは六人。最初にしては少ない。俺、耀太ようた秀一しゅういち和泉いずみ梨花りか純香すみかの六人だ。いろいろ忙しい和泉がいるだけでも会は成り立っていた。

「みんな高等部でもよろしくね」乾杯の挨拶のように和泉が立ち上がって俺たちに言う。

「イエーイ!」と盛り上げるのが俺の役目だ。

 俺たちを仕切っているのは女子学級委員を務める和泉だ。俺たちの学年のみならず中等部を含めた全校生徒が知るスーパーガールだった。

 生徒総会、部活連の活動に加えて有志応援団にも属している。とにかく忙しい奴なのだ。そして可愛い。

 純香や梨花とはタイプが異なり、女子変身ヒロインがたくさん出てくるアニメなら主人公のタイプだった。

 和泉が招集する限り全員が揃っていなくてもそれはS組の集まりだ。

 だから和泉のファンは多い。俺もその一人だ。

「まずは俺っちが歌います」俺がさきがけになるのが通常定期だった。

「あたしがオーダーする」俺が熱唱しているのに梨花は飲食物の注文に躍起になる。どこへ行っても食い気なのだ。

「俺はね……」と耀太もメニューを見ながら次々と梨花に頼む。

 秀一と純香は歌う曲を選んでいた。うるさい中でも静かな二人は波長が合うようだ。

 俺の歌は誰も聴いてねえ。当たり前だ。俺のはBGMだしな。

 かろうじて和泉が遠くから手を叩き合わせてくれている。ときどきオタがやりそうな動きもしてコミカルだ。ほんとうにお前も気配りの奴だな。

 俺はどうにか雰囲気作りだけして歌い終えた。

「次、あったし~」梨花がぴょんと跳ね上がる。

 始業式を終えるなり梨花はポニテをほどいてセミロングの髪を下ろしていた。髪染め禁止なのに茶色っぽい。

 俺と入れ替わりになる際に少しよろけた。「おっとっと」

 前のめりになったから俺の方にお尻をつき出す格好となる。店に入る前には制服のスカートを短くしていたから太ももの後ろが広く露出した。

 危ない。いや惜しい! 確かスパッツ禁止だから中は生パンのはずだ。

「大地……見ないの」と俺に囁いたのは和泉だった。

「見せてくれるのかと期待したよ。ハハハ」俺は平気な顔で返す。それくらいのことはできるようになっていた。

「あはは、危ない危ない」と梨花はスカートの後ろを押さえていた。

 まあいつもの光景だ。そうやって俺たちの定例会は進んだ。

「今年の高等部新入生、いろんな子がいてバラエティにとんでたね」和泉が言う。

「ヤンキーみたいなのがいてびっくりしたよ」と俺。

「来年には混合クラスになるし、うまくやっていかないとね」

 一年生は四クラスずつ別々だが二年生は内部進学生と高等部入学生の混合クラスになるのだ。そしてA組も例外ではない。

 俺たちがA組で居続けられるかわからない。

「高等部の方が中等部の入試より偏差値は高いよな。俺たちより優秀かもよ」秀一が言った。

「恐ろしいことを言うなよ~」俺はツッコミを入れるが本音だ。

「単純に考えて、人数が倍になるのだからあたしたちS組十傑全員がせめて二十位以内に入るべきよね」しれっと和泉は凄いことを言う。

「ひえー」と俺はおどけた。

 そう、俺たち十人はS組の中でも特別に「S組十傑」と呼ばれていた。

 定期試験の成績上位十名はこの二年間全く変わらない。多少の順位の入れ換えはあるものの上位十名の顔ぶれは全く同じだった。

 過去何年も振り返っても、この現象は俺たちの学年のみのものだ。それくらい俺たち十人は他の追随を許さなかった。特別だからこそ「S組十傑」なのだ。

 上位十名が同じだった理由はいくつもの要因が重なっているからだが最大の要因は俺だ。俺が必死に努力して十位という位置を維持し続けたからなし得たことだった。

 涼しい顔をして、その裏で俺は死に物狂いに努力した。「イエーイ」とか言いながら、クラスでガヤをしながら、学校では全校生徒に声かけをしながら、俺は人が見ていないところで作りものの顔を取り外し、必死の形相で頑張ったのだ。

 鶏口牛後という言葉がある。牛の尻より鶏の口になれ。力のあるでかいグループのビリよりも小さなグループの頭をはれ、なんて意味なのだろうが、俺は浅ましく、牛の尻にいることを選んだ。それが俺の生き方なのだ。

 陽キャグループのムードメーカーで何一つ悩みのない男が、実は必死のパッチで足掻あがいていることを誰が知っていよう。ここにいる仲間たちだって気づいていない。

 ひょっとしたら和泉なら気づいているかもしれないが、和泉はああ見えてひとが守っているエリアに踏み込んでくるようなことをしない。

 表向きはいろいろいじり倒すのだけれど、肝心なところはわきまえている。それが高原和泉だった。だから俺たちの頭をはれるのだ。

「これは勉強会が必要だな」男子学級委員でもある秀一が言った。

「えええ! もう定期試験の勉強の話~?」歌い終えた梨花が崩れるようにして秀一にまとわりついた。

 だから近いんだって。そして惜しい! また太ももが。

 和泉のジト目が痛い。俺のせいではないよな。

 純香すみかが歌い始めた。ノスタルジーを感じるバラード。純香にはとてもよく似合う。改めて惚れ直す。

 中一の頃から「彼女」がいる学園生活を夢見ているが、それができないのは俺に勇気がないだけでなく恋愛対象が多すぎることにある。俺は恋多き男なのだ。

 などとふざけたことを思いつつ、俺は努めて明るく、純香の歌にコールを入れていた。

 秀一と耀太もしばしうっとりと純香を見つめる。

 それが気に入らなかったのかどうか、和泉が俺たち男たちに向かって言った。

「今年の高等部新入生女子、可愛い子いっぱいいたね」

「え、そうなの? もっと詳しく」

 反射的にそう言ってしまう。それが俺の役割だから。ほんとうの俺だったら、そう思っていてもそれを口に出せない。偽りの自分はすっかり板についてしまった。

「凄い美人は恭平きょうへいが持っていったけど、激カワ女子は『助っ人団』が確保したわ」和泉が得意気に言う。

「見てえ!」俺は唸った。本心だ。

「落ち着け大地」耀太が俺を押さえ込む。苦しいって。

「実に興味深い」秀一が眼鏡を上げた。こいつも優等生に見えて男だ。

「まあすぐに広まるわよ。見ただけで衝撃が走るんだから」

 和泉は男の心理をよくわかっている。実は男なのではないか。そしてこういうことは純香が聞いていない時に言うのだ。

 梨花は食うのに忙しく、この場にいるけど聞いていない。

 高等部に上がっても俺たちの学園生活は安泰だろう。俺は希望を籠めてそう思った。

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