保健室で恭平は語る①

 中等部の頃、保健室には使がいる、という噂がまことしやかに流れていた。

 俺も一度は女神や天使のお世話になりたいと思ったことがあったが、幸か不幸か保健室を利用する機会がなかった。

 俺と恭平きょうへいは保健室で痛い処置を受けた後、二人並んでベッドで休んでいる。

 念のため五時間目は休めと言われた。処置をしたのは女神でも天使でもなく、だった。

「じゃれてて階段から落ちました」俺と恭平が声を揃えて言うと「小学校からやり直すかい?」と言われた。

 これは奇跡的に信じてもらえたかと思ったが、担任の水沢みずさわ先生が血相を変えてやって来て「あなたたち、始末書よ!」と宣言していった。

 喧嘩は禁止だ。わざわざそんな文言が校則にあるところを見ると昔喧嘩したやからが多かったのか?

「心配したわよ。いったい何があったの?」

 水沢先生は顔色をコロコロ変えた。赤くなったり青くなったり、まるで信号だ。

「ホントにじゃれてただけです」俺は言った。

 理由を聞かれて「太陽が眩しかったから」と言ったら格好良かっただろうか。いや、張り倒されていたな。

 三つ並んだベッドはカーテンで仕切られていた。

 水沢先生がいなくなった後、俺と恭平はカーテン越しに静かに話を始めた。

「俺が憎たらしいか? 大地だいち

「まあな。イケメンなのを良いことに好き放題やり過ぎだ。なんでそんなチャラくなったんだよ?」

「まあ色々とな」

「思わせ振り。理由なんてなかったりして」

 俺はそれが泉月いつきと付き合い別れたことが大きな要因だと思っていた。だから付け加えるように言った。

「泉月とのことか?」

「ああ、お前は他の奴らよりよく知っているんだったな」

 いや待てよ。あの夜俺がお前と泉月がキスしているのを見ていたことに気づいていたのか?

和泉いずみに言われたんだよ。大地は色々気づいているってな。お前は軽薄そうに装っているがずっとみんなを観察していたしな。気づくことも多かったのだろう?」

 同意を求めるように恭平は言った。

「和泉ほどではないと思うけど」

「あいつは特別だ。いつも場を支配している。俺に生徒会を辞めるように言ったのも和泉だった」

 そうだったのか。俺はてっきりあの叔父がお前に言ったのかと。

「泉月の立場を考えるなら辞めなさいって言われたよ。俺が言わなくてもあいつは俺と泉月が付き合っていることに気づいていた」

「いつからだ?」

 俺は知りたかった。

 お前はあの夜明音あかねに呼び出されて明音からの告白を受けるはずだったんだぜ。

「俺が最初に泉月に付き合って欲しいと言ったのは中三の四月だな」

「え! そんな早く?」

「あっさりとふられるかと思ったんだが、返事は『待って欲しい』だった。よく考えてから返事をするからと。あの頃はまだ高等部で裏生徒会の暗躍が続いていてその影響が俺たち中等部生徒会にも及んでいたからな。そのせいかと思ったんだ」

「そんなこともあったらしいね」

 俺たちは関与していないから知らないが平穏な学園生活の裏でさまざまな攻防があったようだ。

「それが五月には『夏休みには返事をする』六月には『前向きに考えている』と泉月の態度は軟化し俺に傾いていった。俺は本当に嬉しかったよ」

 言われてみればその時期恭平は機嫌も良かったし、浮わついていたし、それに梨花りかや明音をいじる頻度が増えていったな。中一の頃先輩女子に植えつけられたが消えていたのかもしれない。

「そしてあの軽井沢の避暑会。そこで返事を聞いて欲しいと言われたんだ。七月だったな」

「それで返事があったんだな?」

「二日目の夜に俺は唐突に呼び出された。ホテルの庭にある四阿あずまやまで来て欲しいと」

 まさかのダブルブッキング。

「お前、その時他にも会う約束していなかったか?」

 俺は明音の名を出さなかった。結局二人は顔を合わせなかったのだからな。

「ん、和泉には時間をずらしてもらうようSNS連絡は入れたぞ」

 和泉ではなくて明音だ。

 てか、お前、和泉とも会う約束していたのかよ。なんてヤツだ。

「俺はそこで泉月と話し合い、付き合うことになった。ちょっと話は長引いたけれど」

 あんなキスしてたしな。

「俺たちが会っていたことは早めに来た和泉に知られた。和泉と落ち合う場所はまた別のところだったのだが、和泉は俺の姿を見つけて後をつけてきたらしい。相変わらず油断のならないヤツだな」

 あの夜、結構な人数がうろついていたと思う。

 恭平は明音と会う約束をしたことを覚えていないようだった。

 俺はそれを糾弾したかったが明音がそれを望んでいないことを知っていたので触れなかった。

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