俺たちの休日

 日曜日、俺たちはボランティア部として午後一時半から老人施設を訪れて楽器演奏をした。

 その日は月に一度の誕生会をする日に当たっていて、入居者の家族も何人か来ていた。

 誕生会の度に俺たちボランティア部が呼ばれるわけではない。他にもボランティアをする人はたくさんいる。しかし高校生の一団は俺たちだけだった。

 オタマトーンの音は目をつぶっていたお婆ちゃんたちを目覚めさせることに成功した。

 導入部であのキテレツな音を鳴らし注意を引く。そして俺と明音あかねの掛け合いだ。コントや漫才をする時の俺と明音は息がぴったりあっていた。

 基本的に俺がボケで明音がツッコミだが、最後は明音がボケて俺がツッコむというのがオチになっている。

 楽しんでくれたかは正直わからない。しかし家族や介護職員から盛大な拍手をもらった。もちろんそれからの楽器演奏も高齢者がよく知る曲のオンパレードにしたから成功を勝ち得たと思う。

 片付けも手伝って四時には施設を出た。

「打ち上げ、打ち上げ」梨花りかが楽しそうだ。

「あたし、昼抜いたからね」食べるぞと明音あかねは意気込んでいる。

 その二人に純香すみかは目を細めた。

 確かにこれはハーレムだ。俺もまた気分が良かった。

 俺たちは制服姿のままプリンセス純香すみか御用達ごようたしのスイーツの店に行った。

 純香はオーソドックスなショートケーキと紅茶を優雅に食していたが、梨花と明音はパンケーキだのパフェだのを食べてなお何か頼もうとしていた。

 俺もパフェを食べたがビッグサイズだったのでそれ以上食べられない。

「何だよ、食欲ないの?」明音が言い「手伝ってあげるよ」梨花が言い、二人のスプーンが俺のパフェに何度も刺さった。

 こいつらシェアに遠慮がない。しかも他人の食べかけを全く気にしないのだ。そしてそれは恭平きょうへいの影響なのだと俺は思った。

 梨花の頬にクリームがついたと見ると明音はすかさずその頬に口をつけた。

 何とも萌えるシーンだがこれも恭平がふだんしていることだ。

 初めてそれを見た時、梨花は真っ赤になっていた。絶対に俺には真似ができない。

 俺の頬にもクリームがついた。

「あ、クリームが……」

 俺がわざとらしく言うと明音はニヤリと笑って言った。「大地だいちは自分で舐めな」

「どうやって舐めるんだよ」と俺が返すのがいつもの流れだ。

 恭平だったら舐めてやるのかよ、とはさすがに口にしなかった。

 こいつらにはいろいろと面倒くさい事情があるのだ。

 恭平があんな風にチャラくなってしまってから俺たちも変わった。S組十傑の十人が揃うことはなくなった。

 こうして四人くらいで集まるのが通常定期だ。和泉いずみが招集しても七人くらいが限度だろう。四天王が四人揃うことがなくなったのだ。

 その原因の大半は恭平にあると俺は思っている。

 恭平がいたから集まった十人だが、恭平のせいで俺たちは揃うことがなくなった。

「大地、時々魂が抜けるね」明音に指摘されて俺は我に返った。

「どうせエロいことでも考えていたでしょう?」

「うんちょっと……って、違うわ!」俺はいつものように返す。

「え、どんなこと考えてるの?」梨花が俺の顔を覗く。

 そんな目で見るな。可愛すぎるぞ。

「こうして姫様に囲まれたティータイムは極上だなって考えていたんだ」

「は?」明音がジト目を向ける一方で「またまたあ!」と梨花に思い切り叩かれた。

 純香すみかはクスクス笑っている。

「じゃあ今日は大地の奢りね」

「やったあ」

「おいおい」

「ケーキのテイクアウトできたよね。お土産買って帰ろう」

「双子ちゃんね?」

「と母上の分も」

 明音には今年小学校に上がった双子の弟妹がいた。明音が部活をほとんどしないで真っ直ぐ帰ることが多いのは可愛い双子が家で待っているからだ。

「ということで、大地、ありがとね」

「せ、殺生な」

「冗談。テイクアウトの分は自分で出すわよ。あたしたちの分、よろしく」

 結局俺は奢らされることになった。

 六時には俺たちは解散した。といっても、俺と梨花は最寄駅が近いからまた一緒になる。

「今日は良いよ」と言う梨花に対して「またどこかのやつに写真を撮られるかもしれないだろ。送っていかなかったのかと幡野はたの会長に言われたら大変だ」と俺は返した。

「まだ明るいよ」

 梨花の家がある最寄駅で一緒に降りた。ホームにある椅子に二人して腰掛ける。

 青春だなあ。カップルに見えるんじゃね?

「明音がラーメンはいつって言ってたよ」

「今度はメンツを変えるんだよな。さすがに純香にあのラーメンはきついだろう」

「うん、何といってもプリンセスだし」

「学校公認のプリンセスだものな」

 俺は中等部の入学案内パンフレットを思い出した。二年続けて純香が中等部生徒のモデルをやっている。一緒に写っている「相手役」は恭平だった。

 二人並ぶと本当に絵になる。純香はお嬢様学校のプリンセスのイメージそのままだし、恭平の美少年ぶりも極上だ。

 この二人にがれて受験した者も多いだろう。その証拠に中等部の後輩たちは純香と恭平が並んで歩いたりすると目を輝かせ「尊い……」と手を合わせる。

 何だよ、それ。宗教の世界か。

 当然のことながら学校内で純香と恭平が二人きりで歩いたりはしない。必ず俺たちが一緒にいるのだ。

 だから「握手会はこちらの列ですよ」と俺が後輩たちに声をかける。

 列を作っていたのは耀太ようた秀一しゅういちだ。

 梨花が「あはは」と笑い、先頭にいた和泉いずみが「ほら、行くわよ」と俺たちを引っ張るという流れだった。

 お蔭で俺たちがよくつるんでいるのは、純香と恭平を二人きりにさせないためだという解釈が生まれた。

 生徒同士の恋愛を禁止する校内で二人を一緒にいさせるために俺たちがカムフラージュしているのだと。

 まあ勘違いするよな。確かに二人はお似合いだ。俺たちS組十傑の中で恭平の相手として絵になるのは純香だし、その逆に純香の相手にふさわしいのは恭平だろう。あくまでも見た目の話だが。

 しかし実はそんなことはない。俺たちには俺たちの事情がある。とても面倒くさい人間関係いや男女関係。俺たちはその微妙でアンバランスなつり合いのもとグループを作っていたのだった。

 俺も梨花もその蚊帳かやから追い出されないように道化を演じている。

 バシッと叩かれ、俺は我に返った。

「生きてる?」

 俺を覗き込む梨花の顔が間近にあった。可愛すぎるぞ、本当に。

「来週、耀太をまじえて明音と四人でラーメンを食いに行くか?」

「賛成」

 梨花は俺をホームに残し、「ばいちゃ!」と大きく手を振って帰っていった。

 次にチャンスはあるのかな。

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