姫、話し終える
「おしまい」
「食い過ぎだろ」俺は突っ込んだ。「そんなに食べてどこへその栄養は行くんだ?」
俺はうっかり法月の胸を見てしまった。
「み、見たな」法月は胸を押さえて
「はいはい」純香は法月の頭を撫で、「メ!」と俺を叱った。
何だこの茶番は?
「それで何だ……」俺は話を戻した。「今の昔話の
「あれで終わりだ」
「は?」
「現在進行形だからな」
「昔話と言ったじゃないか」
「過去から今までを語っただけだ。現在に追いついたらそれで終わりだ」
「ということは今のは
「どう解釈しようと自由だ」
「まあ良い。叔父の家庭のこと詳しいようだが、情報源は?」
「知らないよ。私が昔、母上から何度も寝床で語ってもらった話だからな」
それ本当か?
俺は言葉が出なかった。
「ハイソでセレブな一族のパーティーに何度も顔を出すとあちこちからゴシップが聞こえてくるそうだ。本人たちの耳に入らない話。嘘か本当かわからない話。それらをつなぎ合わせて大河ロマンにしたらしい。ちょっとした中世ヨーロッパファンタジーだろ?」
「その話、誰に聞かせた?」
「中一の夏休みに泉月の別荘地に行った時に何人かに話したな。
「何でそんな話を」
「泉月があのクソバ……いや
おばさまに同情的な意見だ。その割に「クソババア」って言ったな。よくわからない。
「私たちから見たらクソババアでも、あのクソガキたちにとっては母親だ」
「クソババアも愛のない政略結婚でひとりあの家に来てどんな生き方をしてきたのか私らにはわからない。一つの場面だけ見てクソババアを悪役に仕立てるのはいかがなものかと問題提起したのだ」
「君もしっかりクソババアと言ってるが?」
「あらごめんなさい、おほほほ」法月は口を手で覆った。
こいつ実はよく喋る? コミュ障ではないのか。
「その泉月を守るためにS組はできたのではないのか? 私はそう思っていたが」
そんな意味があるとはこれまで一度も考えたことはなかった。
総合成績ランキングの上位十名が二年間固定されたから名付けられたものだと。
確かに俺たち十人は群れていた。その中心は
俺は純香を見た。
純香は静かに抹茶を口にしていた。
何というか、やっぱりプリンセスだ。品がある。
「私は」純香は話し始めた。「泉月ちゃんがおばさまに頭を下げて『申し訳ありません』と謝っているのを見たわ。中一の時の避暑会だった。その後ひとりになった泉月ちゃんが静かに泣いているのも。きっと自分の不甲斐なさが我慢ならなかったのでしょうね。後にも先にも泉月ちゃんが泣いているところを見たのはその一度きりよ」
ずっとサイボーグみたいに表情を変えないからな。
「それを見たのは純香だけだったのか?」
泉月と純香は中一の二班だった。他の二班のメンバーは確か
「恭平が一緒にいたわ、私と」
「ん? お前たち二人はその頃からできていたのか?」法月は慌てたのか純香に対して男言葉を使った。
「そんなのずっとないって言っているわ、あなたにも」純香は言って法月にメッとした。
法月は口を手で塞ぎ、もごもごと「ごめんなさい」と言った。
「わかれば良いの。良い子ね」
純香が法月の頭を撫でる。何だこの光景は。
「夏休みが明けて二学期になってからよ、二人が生徒会に入ったのは。きっと恭平は泉月ちゃんをサポートしたかったのでしょうね」
あの頃の恭平は純なヤツだったからな。それが今やチャラ男だ。いつ変わった?
「あのおばさまは」法月が割り込んでくる。「自分の子供の
「あの頃二人はまだ小学生だったでしょう? 光輝くんは虫捕り少年だったじゃない」
「そうだ、そうだ。あいつ私の服に
「ゴキではなくてカブトムシでしょ?」それは多分クワガタのメスだろうな。
「
「純香が取ってくれたのよね。とても感謝している」
「いえいえどういたしまして」
光輝が興味の対象にしているのはクワガタだ。それはおそらく今も変わらないだろう。
去年の軽井沢の避暑会でもクワガタ採りを俺たちと一緒にした。
あの夜もクワガタを探しに外へ出たんだった。
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