姫、甘党の店で冗舌になる

 少し転覆脱線したがどうにか持ち直して俺は純香すみかの協力を得ることに成功した。

美鈴みすずちゃんとお話するのは本当に久しぶりだわ。元気にしていたかしら」

 純香は法月のりづきとお喋りするつもりでいる。まあその方が法月の警戒を解けるしな。

 下校するのに出遅れたが運良く法月の後ろ姿を見つけた。

 法月は人混みが苦手だ。大勢の生徒と一緒に帰らない。少し遅れて下校するのだ。

 という俺の予想は当たった。何しろ昔の俺もそういう性格だったからな。法月の気持ちは良くわかる。

 俺は純香とともに法月の背中すぐまで近寄り、声をかけた。「法月さん――」

 法月はギクッと肩をすぼめた。そしてゆっくり振り返るかと思うも振り返らず、足早に先へ行こうとした。

 俺は法月を追い越して颯爽と振り返った。「――あそびましょ」

 俺はギャグのつもりで子供っぽく語りかけた。しかしそれは見事に失敗した。俺、やっぱり外しまくりだな。

「ス、ストーカー……」

 法月はボソッと言い、きびすを返した。そこに純香が待っていた。

「美鈴ちゃん、ごきげんよう」

 ニッコリ笑う純香。

 地球上のほぼ全ての男子がその笑顔にやられただろう。しかし法月にはそれが恐怖の対象に映ってしまった。

「ま、眩しすぎる」と言ったかと思うと「……目が……目が……」

 アニメキャラかよ。全く。

 俺たちは法月を拉致した。

「こ、殺さないで……」とか芝居がかった台詞を口にしていた法月は純香の「美鈴ちゃん、あんみつ食べに行こうか」の一言でおとなしくなり俺たちに同行した。

 なんて単純な奴。純香は法月の取り扱いを熟知していたようだ。

 俺たちはプリンセス純香御用達ごようたしの甘党の店に入った。

 また制服姿のまま寄り道だ。パパラッチはいないだろうな。

 その店の客層は良い。年配女性のグループか制服姿の女子高生グループ。秀星しゅうせい学院など有名校の生徒が目立つ。

 メニューを見たらあんみつやわらび餅のセットが千円以上する。客を選ぶ店のようだ。そして味も抜群に良かった。

 俺は抹茶わらび餅を食べたが頬が落ちて幸せな気分になった。それは法月も同じだった。

「本当に久しぶりね。中一の時以来かしら」

 純香がしみじみと言う。昔法月と入ったことがあるようだ。

 法月は栗鼠りすみたいに頬を膨らませて食べていた。可愛すぎる。ゾッとする美少女とのギャップが激しい。

「美鈴ちゃんに数学を教えてもらってたの。その帰りに寄ったりして」

「中一の時から寄り道してたのか? 不良だな」

「ちゃんとしたお店よ。不良の方なんていらっしゃらないわ」

 純香はそういう認識なのだろう。

 法月はうんうんと頷いていた。こいつ本当に喋らないな。しかし純香の誘導で法月も少しずつ口を開くようになっていった。

「美鈴ちゃん、今も数学や理科、得意よね?」

「全然……」

「ランキングに名前が出るじゃない」

 俺は思い出した。

 公表される個人成績は総合成績だけではない。総合成績は上位五十名が掲示され、学校サイトにも載る。学校関係者なら誰でも見ることができる。

 そのランキングがまた。相撲の番付みたいに上位ほど名前が大きく掲載されるのだ。

 上位五名が最も大きい。その次が十位まで。その後も十名ごとにだんだん字が小さくなっていく。

 結局十位までが目立つようになっているのだ。S組十傑と言われるようになったのは十位までを二年間俺たち十人が独占したからだ。

 しかしそれだと一芸に秀でた生徒に光が当たらない。だからだと思うが科目ごとに上位五名が公表される。

 たとえ総合成績で名前が載らなくても単一の科目だけ名前が載るということもある。総合成績で五十位以内に入らない法月の名前が時々数学や理科の五位以内に載っていることを純香は言ったのだった。

 思い出したかのように今も法月の名前は時々見かける。総合で五十位に入らなくて単一科目で載るなんてのはおそらく法月くらいだろう。そんな極端な成績、普通は考えられない。

「法月さん、中一の夏の軽井沢でピアノを弾いたんだって? 東矢とうやさんのおばさまが言ってたよ」頃合いを見計らって俺は法月に話しかけた。「あの時のマジックとピアノは素晴らしかった。また観てみたい。あの時の生徒さんはどうしているの?って」

 法月は動きを止めた。

「あらそんなことをおっしゃっていたの」純香が口を挟んだ。「本当に素晴らしかったものね」

「……だな」法月が何か言った。

「え?」

「……それはただの社交辞令だな」法月は口を開いた。「雪舞ゆまのマジックはともかく、私のピアノは三流だ」

「そんなことないわよ」

「どうせ私の名も覚えていないような言い方だったんだろ。覚えていて知らぬふり。あのの言いそうなことだ」

 それがこの場で初めて法月がはっきりと口にした台詞だった。

 って、この喋り方、誰かに似ている。と思ったら璃乃りのが時々男に憑依ひょういされたかのように話すに似ていた。

 外見は泉月いつき、喋り方は璃乃りの。破壊力が凄すぎだろ。それに「クソババア」って。俺は目を丸くして法月を見た。

「そんな言い方しないのよ、美鈴ちゃん」と純香が法月を注意した。

「ごめんなさい」純香には従順なのかよ。

「あのおばさまは……」法月は言葉を改めた。「雪舞も私のこともよく知っている。雪舞のお祖父じいちゃんや私の親は何度もあの人の一族のパーティーでマジックやピアノを披露したから。そのゆかりの者だと知っていて名前すら覚えていないような言い方をするんだよ」

「あの人の一族って、東矢とうや家のことではないの?」

東雲しののめ家だ」

「それって、イーストクラウドグループの?」

 旧財閥の家柄だ。イーストクラウドグループという銀行、総合商社、ゼネコン、造船、自動車産業など手広くやっているグループの大株主だった。

「そう。まああの人の実家は分家だけれどね」

 法月はあんみつを食べ終わると、抹茶をおかわりした。しっかりわらび餅も追加している。食べ過ぎじゃね。

「とても素晴らしかったわ。あと十年もすればお兄様お姉様と肩を並べられるかも」法月が口調を変えた。「て言ったんだよ。めちゃだろ?」

 上目遣うわめづかいでにらまれて俺はうんと頷いた。

「まあ事実だから仕方がない。末っ子の私が一番の出来損ないだから」

 ねている。ピアノは地雷のようだ。

「あんな家に住んでいてやっていけるのは泉月だけだろな。私だったら家出する」

「法月さん、東矢家のこと詳しいみたいだね」

「少なくともお前たちS組十傑よりはな。お前たちの中でまずまず知っているのは一人か……二人だな」

 誰とは言わなかったが俺はそれが和泉いずみ明音あかねだと思った。

「何だ、聞きたいのか?」法月はニヤリと笑った。「高いぞ」

 こいつは情報屋か!

 今さら去年のことを蒸し返すつもりはない。そんなことをしたところで俺たちの関係がもとに戻るとは思わないからだ。

 しかし、気になる。もとに戻らないまでも少しはこのいびつな関係を修復できるのではないか。

 俺はそう思って法月の話を聞くことにした。「で、いくら?」

「おぬしわるよのう」

 大丈夫か? こいつ。

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