昼休みのバスケット②

 そしてまた恭平きょうへいボールで始まる。

「相手してやるよ」ステイドリブルをしながら恭平は言う。

 これも通常の流れならすぐに秀一しゅういちにパスを送って身構えた俺を置いてけぼりにする流れなのだが、恭平はそのまま俺に向かって突っ込んできた。

 俺もそれを読んでいた。毎日耀太ようたや秀一に揉まれているから凡人の俺でもそれなりに上達する。そして俺は恭平の癖もよく知っている。

 一旦俺は恭平の動きを止めた。そうなると奴は俺の左から抜くと見せかけ時計回りに一回転ターンして俺の右から抜いていく。

 そう思ったのだが、恭平が背を向け、俺が右に注意を向けた瞬間、奴は逆回転して俺の左から抜いていった。俺の読みが読まれた形だ。

 恭平の前に耀太が立ちはだかるが恭平は秀一にパス。秀一がツーポイントラインの外から二点シュートを決めた。

 秀一に歓声が流れる。

 秀一は眼鏡に手をやった。まんざらでもなさそうだ。

 恭平が俺に言った。「惜しかったな、早く動きすぎだ」

 こいつ背中に目があるのかよ。

 今度は俺のボール。恭平がステイした俺の前に立つ。

 もうすでに俺は動きを封じられた。絶妙の距離感。俺は恭平の間合いに取り込まれていた。

 どう動こうが抜ける気がしない。

 パスをもらいに耀太が秀一を振り切って俺の右斜めに来る。俺はそこへパスを出す、と見せかけて耀太のさらに右へと行く。

 俺を追う恭平と耀太が交錯。審判がいたら耀太はファウルをとられただろうが、ここは遊びだ。恭平にしたって耀太にぶつかって大袈裟に倒れたりしない。

 しかし耀太の壁で恭平を振り切った。と思ったら目の前に秀一。

 恭平とのワンオンワンだと思っていたのは俺だけだった。

 しかも秀一も抜けない。どうしようかと止まった瞬間、恭平にスチールされた。

「俺から目を離すなよ」

 恭平はツーポイントラインの外まで戻って恭平たちのオフェンスで再開。

 俺は恭平の前に立った。

「秀一は任せろ」耀太が言ってくれたので俺は恭平に集中する。

 恭平も秀一を頼らずに俺を抜くとみた。

 今度こそワンオンワン。

 あらゆる動きを想定したつもりだったのに、運動能力の差は歴然だった。

 恭平の瞬発力は素晴らしく、左右への切り返し、フェイクの入れ方も秀逸で、俺は惨めにも翻弄された挙げ句に抜かれた。

 秀一の手を借りることなく恭平は俺を置き去りにした。

 まるで歯が立たない。マジでやってこれ程差があると思い知らされるとは。

「何だよ、もう終わりか?」

 挑発までしやがる。

 ギャラリーがさらに増えていて黄色い声援が飛ぶ。その大半が恭平に向けられている。

 やっぱりたいした奴だよ、お前は。俺はS組十傑の中では完全にモブだな。

 俺はまたしても立ちはだかる恭平の前でボールをつきながら動きを止めてしまった。これでは抜けない。

 その時俺の耳に声援が入った。

大地だいち、がんばれー!」明音あかねだ。

 明音がギャラリーの女子たちの中から出てきていた。

 隣に梨花りかもいる。「、がんばれー」

 二人とも、かよ。まあ梨花はそういう奴だ。そしてどちらかと言えば恭平寄りの立ち位置だ。

「そんなのぶっとばせ、大地」しかし明音は俺を応援する。「チャラをぶっつぶせー」

「あ?」

 恭平が睨むように明音を見た瞬間、俺に活路が見えた。

 わずかな隙をついて俺は、明音を見た恭平の死角から奴を抜き去った。

 耀太が秀一を引きつけてくれたお蔭で俺は難なくゴール下まで到達。庶民的レイアップを決めた。

「よっしゃあああ!」

 俺は両拳を握りしめて咆哮した。そして耀太とハイタッチ。しかし手が届かず、ずっこける。

 ギャラリーから笑いが起こった。

 お笑い担当の俺のプレイに対してギャラリーはそうしたコントだと思っただろう。

 明音がげきをいれ、恭平が明音を睨み、そしてその隙に俺が抜いてゴールするという一連の流れをだと思ったかもしれない。

 ギャラリーを意識した時、俺たちはいつもそうした寸劇を演じてきた。

 しかし今回は違う。このプレイだけは嘘偽りのないものだったのだ。そしてそれは俺たちにしかわからないことだった。

 結局俺と耀太のチームは恭平と秀一のチームに完敗した。

 ギャラリーにはとても良くできた見物だったろう。

 それでも俺は何だか気持ちが良かった。たまにはこういうのも良いものだ。

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