回想 中等部三年の夏休みー軽井沢ー⑦

 水沢みずさわ先生が混じってからのプールはさらに楽しかった。を二人にして鬼ごっこをした。

 耀太ようたと、そして秀一しゅういちまでもが水沢先生の水着姿に釘付けになった。女子たちがそれを非難する。

 まあ許してやれよ。それだけ稀少価値があるってことだ。

「先生、イカしてるよ」恭平きょうへいがそう言ってと先生の胸を見た。

 お前、そんなこと言えるようになったのか。中一の頃とは別人だな。

 そんな恭平に明音あかねが後ろから飛びついて、そして両手で恭平の目を覆った。

「見ちゃダメ! 目がつぶれる!」

「んなわけないだろ!」

 恭平が体を左右に揺すぶっても背中にまとわりつく明音はがれない。

 明音の胸が恭平の背中にぴったりくっついているのに恭平はそれを意識していなかった。昔なら考えられないことだ。

 明音、お前大丈夫なのかよ。胸ないから恭平もわからないのか?

 ――って、お前らイチャイチャし過ぎじゃね。

 梨花りかが黙っていないと思ったのだが、あまりに眩しすぎる二人の様子に圧倒されたのか固い笑みを浮かべて遠目で見ていた。

 この日をきっかけに梨花は恭平に対してグイグイいかなくなった気がする。

 俺は何だか複雑な気持ちになった。

 俺たちのはこうして一つずつ消えてなくなる。のように。

 一瞬センチメンタルになった俺を目覚めさせたのは光輝こうきだった。

「キャ!」という先生の悲鳴。その時オニになっていた光輝が水沢先生のお尻にタッチしたのだ。

 こいつ小学生だと思っていい気になってるな。将来大物になるかもよ。

「俺、オニやりたかったああ!」

 そう言った俺は水沢先生の手刀を受けて一瞬にしてオニになった。

 しかし俺のとは裏腹に俺が水沢先生に近寄ることはなかった。耀太と秀一が俺の前に立ち塞がり、俺たち男子の間でオニを回すことになったからだ。ほんとうにうまくいかないな。

 恭平はと言うと、明音を振り回して遊んでいた。

 キャアキャアと嬌声をあげる明音。

 この二人には近寄れない雰囲気ができていた。

 俺は耀太とともにオニとなって他の女子たちを追い回した。


 風呂に入って少し休憩した。

 耀太は短時間でも睡眠をとる。これが成長の秘訣なのか。

 そして夕食のときを迎えた。

 昨日と同様パーティションで囲われたところに移動自由の席があり、ビュッフェ形式の食事をとった。

 ホスト役として泉月いつきの叔父が現れ、初参加の女子五人と一人ずつ話をしていく。

 その場にはなぜか泉月ではなく従妹の真咲まさきがいて初参加女子の紹介を行っていた。その姿があまりにも大人びていて俺は感嘆した。

 一つ年下なのにずっと大人に見える。気味の泉月は絶対にかなわないだろう。

 その様子を観察していた俺のそばにはたまたま和泉いずみがいた。

「叔父さんに初顔を紹介するのは真咲ちゃんなんだな」俺は感心したように言った。

泉月いつきのことをよろしく、と本人の前では言えないでしょ」

「なるほど」

 和泉は冷静に見ていたようだ。

 泉月いつきは、これから叔父の面談を受ける女子に何やら前情報を与えているようだった。緊張を解す意味合いがあったのかもしれない。そう考えると泉月もしっかりしている。余計な心配だったか。

 恭平はというと純香すみか璃乃りののところにいた。叔父の面談を終えた女子を迎え入れ、ねぎらっていた。

 何だか良い役だな。生徒会副会長も伊達ではない。

 その中に明音はいなかった。明音はトレイを手にして料理をとると耀太と秀一、光輝がいるところに移動した。

 何となく明音と恭平がわざと距離をおいているような気がした。二人にもプールでイチャイチャし過ぎた自覚があったのかもしれない。

 しばらくしてまたシャッフル。

 俺は料理をとったトレイを手にしながら次はどこに座ろうかと考えていたら明音を見つけた。

 明音はトレイを手にしたまま離れたところにいる恭平の方を見ていた。

 恭平は純香、梨花、そして初参加の女子らといた。

「恭平のところに行かないのか?」

「昼間、さんざんいたからね」

「自覚はあったんだな」

「和泉に言われて」

「学級委員のが入ったか」

 和泉は調和を大切にする。

「プールでイチャイチャし過ぎだったぜ」

 俺が言うと明音は驚いたような顔をした。

「そう?」まるで初めて指摘されたような顔だ。

 まあ、明音にそんな指摘ができるのは俺くらいだったかもしれない。和泉が遠回しに言ったとしてもは気づかなかっただろう。

「見ていられなかったなあ、イチャイチャカップル」

 俺はいつものように余計なツッコミをいれた。もうその癖は染み付いていたからだ。

 普通それをと受け取って明音はをするはずだったのだが、その時の明音は頬を赤く染めて言った。

「後で会う約束をしたんだ」

「ん?」それってまさかの告白イベント?

「ゆっくりと気持ちを落ち着けて、それから思っていることを言おうと思うんだ」

 俺は一瞬言葉を失った。やはりそうなのか?

 トレイを手にした俺たちが何の話をしているか誰にもわからなかっただろう。

「どうしてそんなことを俺に言っちゃう?」

「誰かにって宣言したらもう後には引けないでしょ?」

 覚悟の宣言。明音はそういう奴だった。いつも真っ直ぐ。時にまわりが見えていないこともあるがそれが明音の良さなのだ。

「うまくいくと良いな」俺は格好つけて爽やかな笑顔で言った。

「バカ!」

 俺はすねを蹴られトレイを落とすところだった。こいつ、こんな可愛い奴だったのかよ。

 俺は柄にもなくになったような気分で明音を見た。

 明音が見る先に女子に囲まれて笑う恭平がいた。

 やっぱ恭平は別格だよな。

 俺は後ろ手にをする明音の背中を見送った。

 うまくいくと良いな。その時の俺は確かにそう思った。

 しかしその夜、明音が恭平に思いを伝えることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る