教室における日常風景

 平日は平々凡々と過ぎる。

 俺たちA組は二十名が前クラスと同じだったし、残りの十六名も一度は同じクラスになったことがある顔ぶれだったから新学期といえど見慣れた光景が繰り広げられた。

 左隣の梨花りかが休憩時間になるといつもの作業を始める。授業の要点をまとめてA5サイズのカードに書き記すのだ。それを定期試験前に一気に丸暗記する。それが梨花の特技だった。

 梨花の記憶力は恐ろしい。まるで写真に撮るかのように映像をそのまま脳内に記憶できるのだ。

 ただし短時間で覚えたことは短時間で忘れるらしいから、ずっと覚えておかなければならない大事なことは反復して覚えるようだ。

「カードつくりか? 一夜漬けでも覚えられるんだろ?」

「暗記だけですむものは一夜漬けだよ。数学とかは日頃からやらないとね」

「俺にもそのスキル、分けて欲しいよ」と言いつつ、俺はいつも梨花が作ったカードをボランティア部の部室にいる時にスマホで撮らせてもらっている。

「分けてあげたいけどできないよ」

「また写真に撮らせてな」

「あたしより良い点とったらだからね」梨花が笑う。

 なんて可愛い小動物だ。

 ふと前にいる真鶴まなづるさんが梨花の方を振り返った。

 俺は知っている。彼女もまた梨花にならい、授業のまとめをカード化しているのだ。

 梨花のような画像暗記能力はおそらくないだろうがそれなりに時間をかけて覚えているにちがいない。

 その努力は俺も理解できる。

 真鶴さんは俺たちS組十傑には及ばないが総合成績で二十位以内には必ず入っていた。だから中等部時代彼女もまたA組にずっといたのだ。何しろA組は成績上位三十名に入っている生徒の集まりだから。

 真鶴さんはきっと、俺たちに追いつこうと日ごろから必死になっている。

 俺は彼女にも負けられない。俺もまた凡人だから。

「おお、やってるね」明音あかねが梨花の近くまで来た。

 純香すみかの席には恭平きょうへい和泉いずみがいる。そういう時、明音はそこに混じらない。中三の後半にはそういう関係になっていた。

 秀一しゅういち耀太ようたはたまたま不在だった。あの二人は明音後援者シンパだが、この状況を見たらどちらにつくかわからない。

「暗記は完璧だな、梨花」明音は笑う。その笑顔には余裕がある。「あとは数学だな」

「もーう」梨花はうしさんか。

 明音は自宅で勉強しない。授業をしっかり聞いてその場で貪欲に全て理解し暗記するのだ。

 たとえ梨花のような画像記憶能力がなくても明音は学校にいる間に必要な勉強を完結させていた。宿題すら休憩時間に全てやり終えるほどの徹底ぶりだ。

 だから明音が授業中に寝ていることはない。目をギラギラさせて教師の顔を食い入るように見ている。

 その迫力に気圧けおされる若い教師は多かった。

「それよりさ」急に明音が声を潜めた。「ラーメンの件はどうなっている」

 梨花の耳元に囁きながら明音は俺の方を見た。

 真鶴さんは聞こえないふりをしていた。

「じゃあ今度の日曜日にしよか」

「耀太も誘って私服でな」明音が片目をつぶる。

 いたずら小僧みたいな仕草に俺はやられる。

 明音と耀太が揃うなら本当は秀一にも声をかけるべきなのだがあまり人数が増えるのもな。

 それにラーメン屋に入って新聞部にすっぱ抜かれたのは俺、梨花、耀太の三人だったから、ここに明音を加えるだけで良いだろう。

 今回は許してくれ、秀一。

 ということで俺たちは休日に四人で出かける話をまとめた。和泉や恭平みたいにバリバリ運動系の部活をしていないこの四人には可能な話だった。

 高等部に上がってから私服で出かけるのは初めてだ。

 ん? ひょっとしてこれ、ダブルデートになるんじゃね?

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