鏡の前の俺

 俺は鏡の前に立っていた。

 寝癖がついていたので修正しようとしたが叶わず、シャワーを浴びることになってしまった。そしてそれを終えて身なりを整えている。

 今日は耀太ようた梨花りか明音りかとともに例のラーメン屋に食べに行く日だ。その後行きつけのカラオケボックスでワイワイやることになっていた。

 俺は臭いが移っても良いような量販店の衣類を適当に組み合わせ、少し気崩してアレンジした。

 頭はワックスで少し立たせる。寝癖と間違えられないよう気を遣う。何だよ、結局ワックスかよ。

 それでもまあまあのイケメンにはなった。日頃の努力の賜物だろう。明音や和泉いずみに教えてもらったことも多いしな。

「なんだ、大地だいち、デート?」

 いつの間にか姉の涼音すずねが後ろにいた。寝起き姿だ。化粧も落ちているのに美人だった。

 ただ……酒臭い。サークル仲間と飲み歩いたのだろう。テニスをしないテニスサークルに入っていたはずだ。そこでブイブイいわせているのか?

「ちげえよ」と俺はデートを否定した。「耀太、梨花、明音と四人であのラーメン屋に行ってそれからカラオケ。いつものやつだよ」

 何だろう、いつものやつって。定例会というのでもないしな。

「ダブルデートだな」涼音は言った。「青春してるねえ」

 うざいな、絡むなよ。

「で、大地は梨花ちゃん、明音ちゃん、どっち狙い? 梨花ちゃんかな。明音ちゃんは君の手には負えそうにない」

「違うってよ」

「まあ耀太君との兼ね合いもあるからね。簡単ではないだろうね。がんばれー」

 涼音は俺を押し退けて顔だけ洗うとまた自分の部屋に消えた。

 五つ歳上の涼音は俺たちのことをよく知っている。俺が中等部に入学した時高等部三年生だったのが涼音だ。生徒会の役員をしていて、用もないのに時々俺の様子を見に来ていた。

 まだその頃、俺たちのS組ははっきりとした形ができていなかった。

 初めて担任をもった水沢みずさわ先生が入試の成績順に班分けし、最も優秀な一班の五人に泉月いつき璃乃りのも入っていなかった。和泉と明音の二人だけだ。

 あの頃からこの二人は別格だったが泉月と璃乃が頭角を現すのは二学期以降のことだった。

 俺はどうにか陽キャで学園デビューを果たしていて、クラスの人気者にはなっていたが成績はまだクラスの真ん中より下だった。

 学級委員の和泉や、なぜか「剣士」と呼ばれていた明音にくっつくことで俺はレベルアップしていった。

 あの二人は本当に面倒見が良かった。和泉と明音がいなければ俺たちS組は今のような地位を築けなかっただろう。

 俺は湧き上がる過去をどうにか封じ込め、身仕度を済ませた。

 さて、これから「ダブルデート」だ。

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