第40話:砲弾が止む間に
「とにかくここまで来たら南に逃げ切るしかない。緑王国はもうすぐだ」
幸いにも先ほどの砲撃で、僕ら先行隊に犠牲者は出なかった。ナナルカもキケルファも軽傷で済んでいる。コボルトの鱗って偉大だね。
それからほどなくして、後続の様子を確認しに行っていたツァラがヴォルクに乗ってこちらへと戻ってくる。
「後ろも結構マズいかも。凄い数の騎兵が迫ってるって
「そっちは想定内だけども……そこまで兵力を投入するとはね」
どうやらアルマ王国軍は本気で僕を追うつもりらしい。
しかし、砲兵まで出張ってくるのは想定外だった。本来、砲兵は追撃戦にはあまり向いていない兵科である。なぜならこの時代の砲兵は基本的に機動性が低く、一発撃つのにもかなりの時間が掛かってしまうからだ。
なので全く計算に入れていなかったわけではないけど、脅威になるとは思っていなかった。
なのにまさか後ろからではなく、横から砲撃されるとは。
しかもこの時代に列車砲なみの砲撃をしてくるなんてにわかに信じがたい。ただアイナにその呪いとやらの詳細を聞いて、納得と同時に頭を抱えた。
「〝重さを操作〟できるってズルすぎない? それに消音魔法って……」
「あたしに言われてもね」
アイナが肩をすくめる。
あのとんでもない砲撃を行った、アルマ王国軍最強の砲隊である〝星降り《メテオール》を率いる隊長――ライナスという男の呪いは、アイナの言う通りであればとんでもないチートである。
彼は触れたものの重さを操作できるという。
それにより、本来なら馬を何頭使っても動かせないほどの重量がある臼砲や砲弾を、子供でも持ち上げられるぐらいに軽量化し機動性を確保。さらに軽いおかげであの口径の砲弾を従来の火薬でも撃ち出せるそうだ。
ん? なんかおかしいぞ。
「もし砲弾まで軽くなっているのなら、あれほどの威力は出ないはずだけど」
さっき僕らを襲った隕石の如き砲弾の威力を考えると、軽量化されているとは考えづらい。なぜなら基本的にこの時代の砲弾の威力っていうのは、砲弾の重さに依存するからだ。
「厄介なことにライナスの傍から離れると――呪いは解除されるらしい」
「ああ……そういうことか。そりゃあまた砲兵にお
つまり砲弾は発射されてしばらくすると従来の重さを取り戻す。その頃には飛距離も高さも出ているので、威力も問題ないということだろう。
「奴の呪いによって機動性と威力を両立させた砲隊が、〝まるで流星雨の如く〟あの砲弾を降らせてくる。だから〝星降り〟なんて可愛らしい名前を付けられてはいるが……あいつらが出た戦場は地獄だよ」
「だろうね。あんなもんを普通の騎砲隊がバカスカ撃てたら、そりゃあ地獄だろうさ」
よく〝砲兵が耕し、歩兵が前進とする〟と言うが、あれはもはや耕すというレベルではない。
さっきの着弾地点に深いクレーターができているのを見れば、むしろ味方の前進すらも邪魔しかねないレベルだ。
「ただ、おかしいね。次弾が降ってこない」
どうも〝星降り〟には魔術士が追随しているらしく、消音魔法によって発射時の音はかなり抑えられているらしい。だから事前に撃たれることを察知するのは目視以外は不可能に近い。
とはいえさっきみたいに撃ったあとなら、ある程度の距離から気付けるはずなのだけども、今のところまだ砲弾は飛んできていない。
そもそも砲撃というものは、この時代だとどう足掻いても精度が悪くなってしまう。なので一発撃っては調整し、建造物や陣地などの動かないもの以外に撃つ場合は、最終的に〝この範囲内に落ちて当たればラッキー〟ぐらいの感じになるはずだ。
なのでとにもかくにも撃っては観測し、調整を繰り返すことが必要なのだけども……。
「装填と調整に時間が掛かっている?」
「そんなはずはないんだけどね。でなければ、流星雨の如くなんて言わないさ」
アイナも分からない様子なので、さてどうしようかと考えていると――前方からリッカがラセツに乗ってやってくる。
その顔つきは険しい。
「ウル。緑王国との国境線あと少しではあるが……逃げ切れるのか、これ」
「分からないけども、砲撃が止んでいる今のうちに進むしかない」
「あれが直撃したらいくらコボルトでも耐えられないぞ」
「分かってるけど、どうしようもない」
相手の位置は大体予測できるけども、分かったところでこちらに撃ち返す手段もなく、砲兵陣地を襲撃するにしても、戦力が足り無さすぎる。
「私とツァラが偵察しようか?」
「そうだね。あとどこかに射弾観測要員がいるはずだから、もし可能ならそいつらをなんとかする必要がある」
「……ああ、分かった。ついでに後続も見ておくよ」
「ありがとう。そうなると僕ら先行隊はとにかく、緑王国に急がないと。想定外ではあるけど、ある意味チャンスでもある」
砲兵が出てくるのは予定外だし、脅威ではある。
だけども僕にとってはある意味、好都合な状況になりつつある。
あとはいかに砲兵を黙らせて、後続のコボルト達をなるべく多く緑王国へと逃げ込ませるかである。
最初から、犠牲者ゼロなんて甘い考えは持っていない。
「では行ってくる。無茶をするなよ、ウル」
「そっちもね」
僕とリッカは見つめ合い、無言で頷き合う。それ以上の言葉は要らない……と言えばかっこつけすぎだろうか。
リッカとツァラが風のような速さで西へと向かっていく。
「僕らも急ごう」
僕は前方に続く丘陵地帯の向こうに鬱蒼と生えている森を見つめた。
明らかに不自然な植生。イギリスの丘陵地帯とブラジルの熱帯雨林が、まるで陸続きになっているような奇妙な光景。
その歪み、不自然さこそがそこに住まう者達を象徴だと言ってもいい。
「さあ、正念場だ」
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