第49話:帰国、そして


 久々と言うほどではないにしろ、王城がある風景を見て僕はようやく一安心することができた。


 小高い丘に建てられた王城は見るからに堅牢で、〝後ドワーフ建築〟の粋を集めた、文化的にも大変価値のある建造物なんだとか。僕からすれば、自分の生まれ育った家なので、ふーん、としか思わないが、前世の記憶が戻ってから改めて見てみると、なかなかに立派な城だった。


 そんな城が佇む丘の北、南、東面は崖となっていて、唯一緩やかな坂となっている西面に城下町が広がっている。さらにその城下町を城壁が囲ってた。


 唯一の出入り口である西門を見上げながら、思わず言葉が零れてしまう。


「そんなに離れてたわけでもないのに、やけに懐かしく感じる」


 それを聞いていたのか、隣でヴォルクに乗っているリッカが笑う。


「帰ってこられない場所だったかもしれないからな」

「ほんとにね」


 刺客アイナに襲われ、コボルトに掠われ、アルマ王国に追われ、そして緑王国に逃げて。


 よく生きてたよ、ほんと。


「とはいえ、感傷に浸っている暇はなさそうだね」


 西門の向こう側がにわかに慌ただしくなっている。

 まあ、それも仕方ないことだ。


 僕はため息をつきつつ、背後へと振り返った。


「ムルト王もこれを見たら腰を抜かすだろうな」


 リッカが、悪戯を思い付いた子供みたいな笑みでそう言い放つ。


 僕らの後ろ。

 そこには煌びやかに装飾された馬車がいくつも並んでいた。

 さらにそれらを牽いているのは馬ではなく、前世でいう恐竜、しかも二足歩行する肉食恐竜と良く似た姿の魔物――フォレストリザードだ。


 大きさは馬と同じぐらいで、灰色の鱗の一部は苔で覆われている。


 さらに馬車……あるいは竜車と言った方が適切かもしれない、を守るように左右に待機しているのは、フォレストリザード用に作られた鞍にまたがる、ハーフエルフの兵士達。優雅な曲線を描く片刃剣と弓が特徴的な、緑王国のみが所有する兵科――騎竜兵。


 それが意味すること。


「ウル王子。いつまで我らが王樹を待たせる気ですか」


 僕の背後にいた、一際大きなフォレストリザードの背に乗るに、神経質そうな顔付きのハーフエルフの青年が、流暢な上顎語アッパージャーニッシュ

で僕を非難する。


「ラマゼル卿、もう少々お待ちください。なんせ急なことだったので……」


 そう彼を宥めるが、その顔には不服そうな表情が浮かんでいる。


 ラマゼル卿――彼は緑王国における外交官の立場にいる、ハーフエルフの貴族だ。僕や父が書簡でやり取りしていたのが彼であり、実際に顔を合わせたのは今回が初めてなんだけども……なぜそんな彼が王城まで来ているかと言うと、


「ラマゼル、そう急かさないでよ。そもそも〝樹〟はお忍びでいくつもりだったのに、お前が無理矢理同行するって言ったせいでこんな大事になったのでしょ」


 そんなことを言いながら先頭の馬車から降りてきたのは、フュゾルカだ。

 そう。全ての元凶はこの人である。


「王樹が従者も付けずに他国にお忍びで、しかもそんな無防備なお姿で行くなんて、許可できるわけがないでしょう」

「うん……それはもう本当にその通りですよ、ラマゼル卿」


 僕も思わずラマゼルさんに同意してしまう。


 経緯はこうだ。


 フュゾルカは大船に乗ったつもりで、とばかりに僕らやコボルト達をエリオン王国まで運んでくれると言ってくれたので、そのことについては彼女に任せていた。

 なんせまだエリオン王国内では、コボルトは人食いの恐ろしい存在だと思われている。それを徒歩でぞろぞろ引き連れて王城に帰るわけにもいかなかった。なので、できればその姿を見せずにあるいはどこかで隠れてもらっている間に、父と交渉するつもりだと彼女に伝えた結果。


 彼女の答えはシンプルだった。


〝だったらうちの国の竜車に乗せていけばいいじゃない! 樹が言えば、楽勝で数が揃うわ!〟


 なんて言うものだから大丈夫かなあと心配していたら、案の定、血相を変えて、外交官であるラマゼルさんがやってきたのだ。


 その後にあれこれ、すったもんだが色々とあったのだけどその全てをフュゾルカが強権で捻じ伏せ、ラマゼルさんは、自分と〝王森護衛騎士団〟と呼ばれる、いわゆる近衛兵的な部隊を同行させることを条件に、フュゾルカのエリオン王国訪問を許可してくれた。


 こうして、僕は死ぬほど目立つ竜車と騎竜兵を率いて堂々と国境を越え、王城までやってきたのだった。

 

 当然、その旨を父に伝える使いを出したのだけども、西門の慌てぶりからするとまだ伝わっていないとみた。


 父さん、怒るだろうなあ……。


 そう僕が思っていると西門の向こうから、怒っているような笑っているような表情で、兵を引き連れた父が姿を現した。


「……ああ、ウルよ。これは一体どういうことだ?」


 父が精一杯そう、威厳のある声を出すも、動揺が隠しきれていない。


 そりゃあそうだ。なんせ滅多に自国から出ない緑王国の一行がいきなり王城の前にやってきたのだ。昔の父なら泡を吹いて倒れていたかもしれない。


「使いを数日前に出したのですがその様子ですと、何も伝わってなかったようですね……すみません」


 僕がとりあえず父に謝っていると、フュゾルカがまるで当然とばかりに、父の前へとでた。


「やあやあエリオン王。〝樹〟は緑王国の国王であるフュゾルカだ。突然の訪問ですまないが、歓迎してくれると嬉しい」

「……りょ、緑王国の国王!?」


 父が思わず、一歩後ろへと下がってしまう。


「そうだとも。君の息子を気に入ってね。今後について話させてもらうよ。あ、こっちのうるさそうな男はラマゼル。外交官らしい」


 フュゾルカの雑な紹介も気に留めず、ラマゼルが一歩前へと出て、緑王国式の敬礼をする。


「お初にお目にかかります、ムルト王。訳あって参りましたが、元より歓迎など期待はしておりませんので、無理はなさらず」


 そのラマゼルさんの言葉に、父が作り笑いを浮かべながら僕を睨み付けるという器用な表情を作っていた。


 いや、本当にごめん。


「と、とにかく、どうぞ中へ。後ろの竜車は従者の方達ですかな?」

「まあ、そんなとこ。彼らは出来れば一目のつかないところで休ませたいのだけども。そっちも困るでしょ、異種族が大手を振って城下町を歩かれても」


 フュゾルカがそう言ってくれたので、僕は父へと目配せする。


「――すぐに手配しよう」


 父が兵士達に何やら指示を出す。

 これでおそらく問題ないだろう。


「ウル、私はコボルト達を見ておく。どうせ、会談の場にいたところで何もできん」 


 リッカの言葉に、僕は頷き同意しておく。


「アイナもそうするようの伝えてといて。ナナルカとザフラスは、一緒に来てもらう。そっちの方が話は早そうだ」

「了解した」


 リッカがヴォルクを翻し、後方へと去っていく。


「……ウル。事情はあとで、たっぷり聞かせてもらうからな」


 父の恨みがましい視線と言葉に僕は苦笑を返しつつ、西門をくぐった。


 なんとか無事に帰ってこれた。

 だけども問題は山積みだ。


 緑王国との会談とコボルト達の移住。議論すべきことは沢山あるが、何よりもすべきこと――それはアルマ王国の対応だ。


 彼らは近いうちに……必ず攻めてくる。


 ここからが、本当の正念場である。

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