四章:ヴァーゼアル防衛戦

第48話:王様は辛いよ


 ウル王子達がフュゾルカの協力の下、エリオン王国への帰国をしようとしていた頃。


 エリオン王国王城、玉座の間にて。


 ウルの父親であり、現国王であるムルト・エリュシオンは、先ほど延々と一人で、あれこれ批判めいたことを口にしている貴族の前でため息をついていた。


「はあ……分かったわかった。それで結局お前は何が言いたいんだ」

「何が言いたいのか、ではありませんよ、ムルト王」


 ぎろりとムルトを睨み付けたのは、顎ひげが立派な初老の男性だった。貴族らしい立派な服に身を包み、その左右の手の指に何本も指輪を付けていた。


 その威厳ある姿は王よりも王らしく、家臣や反王族派の貴族からは〝エリオン王国の影の王〟と呼ばれているほどである。


 そんな彼の名は、レヴン・エルハルト――ムルト王の従兄弟に当たる男で、この国の貴族において最も位が高い公爵の地位に就いている。


 つまり王に次ぐ権力者であり、ムルト王へと直接意見を口にすることができる唯一の存在でもあった。


 そんな両者の仲は決して良いとは言えない。

 基本的に嫡男のみが王位継承権を持つのがこのエリオン王国で、かつてムルトが王位を継承する際にその能力に疑問を感じ、異議を唱えたのが、このレヴンであった。


 さらにウル王子の王位継承についても、快く思っていないことは周知の事実であり、裏であれこれ根回しや画策をしているという噂話はムルト王の耳にも入っていた。


「祝賀会での奇行にはじまり、氷狼族ジーヴルなんぞとの婚姻と同盟、さらに人食いのコボルト族の保護に、今回の外遊。いくら王子とはいえ、流石に目に余るのでは? アルマ王国から抗議が届いていますよ」

「知っているよ。あいつについては私が一番頭を痛めている」


 ムルトが苦笑しながら、レヴンの批判を受け流した。


 息子の成長は喜ばしいところだが、レヴンの言うようにここ最近の行動は少々やりすぎであることは承知であった。


 さらにウルがよこした使いの話を聞く限り、更なる無茶を言ってきている。


「笑っている場合ではありませんよ、ムルト王。アルマ王国は、ウル王子がアルマ王国国内でコボルトを扇動し、反乱を起こしてと言っています。これが事実であれば大問題ですよ! 身柄を差し出せと要求してくるのも致し方ありません」

「確かにウルがコボルト族と接触したのは事実だろう。だが反乱を煽ったのというは少々信じがたいな。その行動にどんな意味が?」


 最近、息子が何やらヴァーゼアル領であれこれ企んでいることをムルトは知っていた。だが間違ってもアルマ王国に侵略などしようはずがない。


 自分は決して賢王ではないが、一人の父親として、それだけは確信していた。


――そう彼らは主張しておりますが」


 ところがそうは思わない。あるいは思っていても、自分に有利な言葉であればそれを飲み込むようなこのレヴンという男にとって、アルマ王国の主張は都合が良いのだろう。


 ムルトはチラリと視線をレヴンの指で光る指輪に向けた。それらにはエリオン王国では取れない、アルマ王国産の宝石が嵌められていることに、ムルトは目敏く気付いた。


「そうか。それで君はいつから――使になったんだ?」

「事実を申したまでです」


 そう顔一つ変えず言いながらサッと手を隠したレヴンを見て、ムルトはため息をついた。いくら無能な王とはいえ、公爵家がアルマ王国と通じているという噂ぐらいは知っている。


 だが証拠はないので、ずっと見て見ぬ振りをしてきたが、どうやらそれも限界のようだ。


「いずれにせよアルマ王国には困ったものだな。次期王位継承者である王子の身柄を要求するとは舐めているにも程がある。どうせ、差し出さなければ戦争だとなんどか言っているのだろう」

「……そういう政治をしてきたのは貴方でしょう」

「それを言われると痛いな」


 再び苦笑いするムルトを見て、レヴンが眉間に皺を寄せつつ告げる。


「アルマ王国と我が国が争うのは得策でありません。彼我の戦力差を考えるまでもない。弱兵しかいない我が軍では守ることは不可能。下手すれば領土の一部を取られてしまうでしょう。そうなる前に――」

「ウルを差し出せと?」

「そうすれば丸く収まります。機を見て、身代金を積めばよいでしょう」


 そう言ってのけたレヴンを見て、ムルトは笑いながら目をスッと細めた。


「で、その間にお前が玉座につくと」

「それを決めるのは、私ではありません」

「考慮しておこう」


 今はそうとしか言えなかった。


「王ならば、息子よりも民を、一年後よりも十年後を見据えてください。もしアルマ王国と戦争にでもなれば――後悔しますよ」


 そう言い捨てて、レヴンが去っていく。


 一人残されたムルトは、再び盛大にため息をついた。


「困ったものだ。王なんてめんどくさいものになりたがる気が知れない……そう思っていたんだがなあ」


 それはムルトの本音であった。昔から自分は王に向いていないと自覚していたし、息子もそうだろうと思っていた。


 だがあの祝賀会を機に息子は変わった。気付けば、自分も変わりつつあった。

 これまでワガママも無茶も何一つ言ってこなかった息子が、ここ最近言ってくるようになった要求に応えることが楽しくなってきていた。


「あいつは、ウルは、王になりたいのだろうか」


 ふとそんな疑問が湧いてくる。

 今度会ったら、聞いてみるか。


 そう思った矢先。

 

 慌てた様子で、兵士が玉座の間へと飛び込んでくる。


「へ、陛下!」

「どうした?」

「そ、それが……ウル王子が帰還されまして!」

「ん? 聞いていた話より随分早いじゃないか。まだ緑王国にいるのではなかったか?」

「ええ、しかもその、なんだかになってまして」

「凄いこと?」

「はい……」


 どうやら息子がまた何かやらかしたようだ。


「……やれやれ」


 ムルトが玉座から腰を上げた。


「放蕩息子の顔でも見に行くか。案内してくれ」

「はっ!」

「まったく……困ったものだな」


 そう言いながらもどこかで笑っている自分に、ムルト王は気付かないまま、王子がいるという正門へと向かったのだった。


*次話更新日*

4/11(18時予定)

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