第47話:さあ帰ろう


 感動の再会……というほどでもないけども。


 コボルト達が避難した森の中の一角。

 キケルファを中心に、治療の知識がある者達が負傷者の治療を施して回っている、そのちょっとした広場の中で、


 「リッカ!」


 満身創痍の彼女を見付けた時に、僕は思わずそんな声を出してしまった。


 最低限の治療を既に受けたあとのか、包帯を各部に巻いたリッカが笑顔と共に片手を挙げ、駆け寄ってきて僕に応える。


「ああ、ウル。よかった、お互い生きていたな」

「……心配していたんだ」

「ギリギリだったよ。あやうく森に轢き殺されそうになったぞ」

「ごめんね。でもあれが精一杯だった」


 結果として僕は樹王フュゾルカを説得し、同盟を結ぶことに成功した。その証明ではないけども、フュゾルカは配下……というより家族ともいうべき、あの動き木々――〝エルフの種子達エルヴィン〟を使って、迫るアルマ王国軍を撃退、リッカ達を救ってくれたのだ。


「しかしなんなんだ、ここの木は。とんでもなく強かったぞ」


 リッカが周囲で、うぞうぞと動く木々を見てそう小声で僕へと聞いてくる。

 聞けば〝エルフの種子達エルヴィン〟はアルマ王国軍の騎兵隊を文字通り、蹂躙したという。ついでにあの厄介な砲兵部隊の臼砲も鹵獲したというから驚きだ。


「この森の、そして緑王国の主である樹王フュゾルカ様の……まあ子供ってところだろうね。彼女は〝株分け〟したと言っていたけど」

「なるほど……だから、エルフのってことか。人智の及ばぬ生態だな」


 僕もそれについてはフュゾルカには深くは聞けなかったので、曖昧に頷いて肯定しておく。


 ちなみにゲーム内では、〝エルフの種子達エルヴィン〟はコボルトと同じく敵対NPCとしてしか出てこず、フュゾルカにいたっては設定集の中で触れられる程度だ。


 基本的に〝エルフの種子達エルヴィン〟は相手した場合に既存の兵科で勝つのはほぼ不可能というチート級の存在だが、一応火に弱いという弱点はある。なのでドワーフの遺産が解禁後に開発可能となる火炎放射系の兵器、あるいはハーフエルフの火炎魔術があれば、一応勝てるのだが……。


 当然火炎放射器なんてまだないし、ハーフエルフはそもそも緑王国側なのでフュゾルカや〝エルフの種子達エルヴィン〟に対して反旗を翻すことはまずないので、現時点で対処するのはかなり難しい。


「本当に彼女達が味方で良かったよ」


 僕は心の底からそう思った。


「あれに勝てる軍隊は、多分存在しないんじゃないか?」

「だろうね」

「それが味方についたとなれば、アルマ王国もおいそれと攻めてこないだろ。このままだと、ヴァーゼアル領も安泰じゃないか」


 なぜかつまらなさそうに言うリッカを見て僕は苦笑する。まるで安泰なのが悪いみたいな言い方だ。


 ただリッカのその考え自体は、おそらく誰しもが思うことだろう。

 ただ、現実はそう上手くはいかない。


「その通り……と言いたいところなんだけどね」

「問題があるのか!?」


 リッカの声が弾む。だからそこで喜ばないでよ。


「まず、〝エルフの種子達エルヴィン〟は基本的にこの森の周辺からは離れられないんだ。なぜなら彼らはフュゾルカ様に依存していて、離れ過ぎると動けなくなってしまうからね」

「なるほど、万能ではなかったわけか」

「うん。それに仮に動けたとしても、そこまでの協力を得るのは正直難しいよ。今回はこの森の近くだったからああして助けてくれたけども、ここよりかなり北に位置するヴァーゼアル領の防衛にまで手を回してくれるとはとても思えない」

「そうか……まあ仕方ないか」


 リッカが一応残念そうな表情を浮かべるも、その口角は上がっている。


 そもそもこうして助けてもらえた事自体が奇跡のようなものだ。これ以上を望むのは贅沢だろう。


「とはいえこれで緑王国との交渉も省けたから、一応は旅の目的は達成できたことにはなるかな」


 本来なら緑王国の首都であるリ・リズンにて、話を聞こうとすらしないハーフエルフ相手にあれこれ交渉する予定ではあったけども、結果としてフュゾルカと同盟が組めたので、かなりの時間を短縮ができた。


 これにより、アルマ王国に対する包囲網を少しは構築できただろう。あとはそれをどう使って戦いが起きないように、あるいは起きても早期終結させられるようにするか、次第だ。


 ま、予定外のことばっかりだったけどね!


「それで、これからどうする。そもそも今回、〝叡竜派ファルセン〟とは交渉だけで、彼らを丸ごと引き連れて戻ることは計算に入れていないだろう?」

「……まあね」


 このままコボルト達を連れてエリオン王国に帰る……というわけにもいかない。とはいえ、彼らをずっとここに置いておくのも難しいだろう。


 まずは使いを父のいる王城へと出して、コボルト達を安全にヴァーゼアル領まで移動させる手段について検討してもらわないと。その間ここで保護してもらうようにフュゾルカと交渉してかつ、アルマ王国軍の動きにも注視して、牽制もしとかないといけないし……。


 はあ……全くもって、気が休まる暇がない。


 なんて思っていると、そんな僕の顔を見て、リッカが無言で手招きしてくる。


「ん? どうしたの?」


 なんて言いながら近付くと。


「もがっ」


 リッカがまるで蛇のように素早く腕を僕の首へと回し、思いっきり引き寄せた。


 柔らかい感触が、頭に当たる。


「あ、ちょ、リッカさん!?」

「主君がこんな場所で疲れたような顔を見せるな。士気に関わる」


 ……。


 周囲にいるのは僕を信じて、慣れない逃避行でかつ砲撃と騎兵の追撃に晒され、負傷した者達ばかりだ。


 そんな彼らの視線を忘れてしまっていた僕を、リッカは彼女なりに戒めてくれてたのだろう。


「あともう少しだけ、踏ん張れ」


 リッカが僕の首に回した腕の力を緩めたのを感じて、僕はゆっくりと体を彼女から離す。


「……ありがとう」


 大丈夫、この程度で僕は取り乱したりはしない。

 ちょっと顔が熱いのは、気のせいだ。


「――ちょっといい、ウル王子」

「うわっ!?」


 背後からの突然の声に驚き、僕が振り返る。


「え?」


 僕はその姿を見て、驚く。


「誰だそいつ。?」


 リッカが訝しがるのも無理はない。


「え、いや、どういうことだ……まさか……フュゾルカ様?」


 そこに立っていたのは――あの聖樹の中央に取り込まれていた……否、大樹を取り込んでいた、あのエルフの少女だった。


 ただ闇が覗いていたあの眼孔には、ちゃんと瞳が収まっている。その真っ赤な瞳はどこか不気味で、彼女が放つ威圧感やどこか超然的な雰囲気も、まさに樹王フュゾルカと対峙した時に感じたものと全く同じだった。


「ふふふ、驚いた? 実はこうして単独行動できるのよ。ま、力は殆ど制限されているけどね」

「そ、そうなんですか」


 いやそんなこと出来るなら最初に言っておいてくださいよ! 

 思いっきり取り乱してしまったじゃないか!


「そっちがお前のつがいね」


 フュゾルカがニコリともせずに、リッカに視線を送る。


「リッカだ。あんたが例の樹王か。聞いていた話よりだいぶ可愛いな」


 リッカが物怖じせずにフュゾルカにそう言葉を返す。

 いや、もう今更なので諦めているけど、一応相手はこの国の王様なんだから敬意は払おうね……?


「ふふふ、ありがとう。君もなかなか〝じゅ〟の好みだよ」

「そりゃあ結構」


 二人は笑顔のままだが、どこまでが本音で建て前か分からない。いや、リッカは完全に素のままだと思うけども。


「えっと、それでフュゾルカ様。僕に用があるのでは?」

「そうだったそうだった。これからのことだけども――、忘れていないよね?」

「ええ、もちろんです」


 それはこの同盟と引き換えに約束したものであり、僕としてはあの時点ではそれを否定する選択肢はなかった。


 その約束とは……〝〟。


 僕が解いてしまった封印を再び施すというものである。

 前にもリッカ達には説明したが、ヴァーゼアル領のゴルク鉱山地下にある遺跡――ウヴァルローグにあるあの扉は、世界各地に眠るドワーフの遺構へと繋がる扉と連動していて、今は僕のせいで開放状態になっている。


 それによって僕達は銃を手に入れ、おそらくどこかのタイミングで他の国も何かしらのドワーフの兵器を発見するだろう。


 それをこの好ましく思わないフュゾルカは、それら全てを再封印したいと考えてり、その協力を僕……つまりエリオン王国に求めた。


 要は、〝お前が撒き散らしたおもちゃをもう一度おもちゃ箱に戻すから手伝え〟ということである。

 

 もちろんこれは決して容易なことではない。

 ざっくりとしかまだ話を聞いていないけども、ただウヴァルローグの扉を閉めたら終わり、という話でもないらしい。


「再封印については〝じゅ〟がやるけど、その準備のためにもまずはその遺跡にいかないとね。だからしばらくは君に同行することにしたから。君が、本当にを監視する必要もあるし」

「えっと、つまり……うちの国にいらっしゃると」

「だからこうして動けるようにしているわけだけど。コボルト達もついでに運んであげる」

「それは、その」


 いやコボルト達を運んでくれるのはありがたいけども、フュゾルカのような国賓レベルの人を迎えるとなると、かなり準備が必要なんですけど?


「そういうのは別にいらない。ただのハーフエルフの付添人として扱ってくれていいよ? あ、それとも緑王国で見繕った愛人ってことにしとく?」


 なんて僕の思考を読んだかのようなフュゾルカの言葉に、僕は頬を引き攣らせながら即答する。


「それは絶対に嫌です」


 妻であるリッカの前でそんなこと言う辺り、ただの嫌がらせだろうけど。


「コボルトに続きエルフまで妾にするとは、流石だな我が夫よ」


 リッカには逆効果なんだよなあ……。


「ま、そういうわけなのでよろしくね、ウル王子」

 

 ニコリと笑い、フュゾルカが差し出した細く白い手を握り返す。


「よろしくお願いします」


 こうして、愉快なウル王子の一行に、樹王フュゾルカが加わったとさ。

 もう僕は深く考えるのをやめた。


「とりあえず……帰ろう」


 問題は相変わらず山積みだけども、こうして僕は外交の旅を終えて、エリオン王国へと帰国することとなった。


*次話更新日*

次話より新章となります!

4/5(18時予定)

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