第50話:会談と切り札
王城内、迎賓館にて。
豪奢な作りの広間に置かれたテーブルに座りつつ、さてどうしたものかと僕は頭を悩ませていた。
今行われている緑王国との会談に参加しているのは、以下の人物だ。
まず国王である父、ムルト。その顔には作り笑いが浮かんでいる。
その隣に父の補佐役であり宰相の座につくラムダ。流石は長年の間、父に代わって周辺国と対話していただけあり、内心はともかく顔には一切動揺が出ていない。
ラムダの横に父の従兄弟のレヴン・エルハルト公爵。反王家の筆頭であり、正直良い印象はない。父よりも王らしく振る舞い、どんな時でも堂々とした態度を崩さない彼も、今も落ち着き払っているがいつもの余裕は見えない。
それと向かい合うように座っているのがフュゾルカで、その横にラマゼル卿、そしてコボルト族の〝
ちなみにナナルカは体が大きく尻尾もあるので通常の椅子には座れなかったので急遽用意したそれらしい台に座っている。
王城にはともかく、ヴァーゼアル領の領主館にはコボルト用の椅子を用意しておかないとなあ……。
なんて思っているうちに、話が進んでいく。
「つまりフュゾルカ殿は、エリオン王国と同盟を結びたいのではなく、あくまでウル王子との協力関係を築きたいということでよろしいですかな?」
ラムダがここまでの話をまとめてそうフュゾルカへと問う。
「そういうこと。そもそも
「いやいや、そんなことはありませんよ……我々は王樹の代わりを務めていただけで主権は常に貴女様のもので……」
フュゾルカの発言に、ラマゼル卿が困り顔でそう言葉を返す。なんというか、この人も苦労人っぽいなあ。
「とにかくそっちの王子とヴァーゼアル領でアレコレするだけだからさ、まあ目くじら立てずに認めてよ」
そのフュゾルカのなんともざっくりしたお願いに、レヴンが声を上げる。
「しかしですな、皆様がたを王子の客人として迎えるのは結構ですが、同盟国でもない国の王族や貴族が、我が国のしかもあのような僻地で滞在されるというのは外交的に問題では? やはり国賓としてまずはこの城に滞在していただき……」
「
フュゾルカがぎろりとレヴンを睨む。それを受けてレヴンが顔をしかめた。
彼がアルマ王国に通じているという噂は僕も知っていたけども、とある筋からの情報で、彼がかなりアルマ王国と親しい間柄であることは分かっている。
アルマ王国によるヴァーゼアル領侵略および、鉱山に眠るウヴァルローグの支配について、既に何か聞かされている可能性も高い。
「ですから、我が国の対応としてですね……それにヴァーゼアル領はコボルト族の移住という問題もありまして」
レヴンが視線をナナルカへと向けた。彼の顔にはどこか侮っているような、そんな表情が浮かんでいる。
「その件については既に解決していますよ、エルハルト卿」
僕がすかさず声を上げる。父に視線を送ると、父は渋々と言った様子で頷いた。
しかしレヴンは鋭く言葉を返してくる。
「解決しているつもりだろうけど、私は納得していませんよ、ウル王子。貴方の勝手な行動にもね」
「それをこの場で言われても困りますが。貴方が納得しようがしまいが、父がそれを許可した以上、この場で不平を訴えたところで何も通りません」
冷静にそう言葉を重ねるも、レヴンは譲らない。むしろ頑なになっている印象さえ受ける。
「そこまでしてヴァーゼアル領で何を為されるおつもりですか? 貴方はアルマ王国からは身柄の要求をされているのですよ? さらに元々アルマ王国所有のコボルトまで勝手に引き込んで、さらに緑王国の国王まで巻き込むなど、前例がありません。ムルト王、他の貴族からも、〝ウル王子は我が身可愛さに他国と結託して、我が国を売ろうとしている〟などという噂まで流れる始末。どうお考えでしょうか」
まるで演説かのようにつらつらとレヴンが言葉を紡いだ。まるで、予めそう言おうと決めていたとばかりの饒舌さ。
その噂とやらの出所がどこかなんて、考えなくても分かる。
「コボルトの移住は私が許可した。そこに何も問題はない。あったとしてもそれはウルとそちらのナナルカ殿で解決していくべき問題だ。さらにフュゾルカ殿がヴァーゼアル領に滞在されたいと望むなら、それを最大限考慮するのが、我が国の務めだろう」
ここまで黙っていた父がようやく口を開いた。
「……アルマ王国の抗議はどうされるおつもりですか。まるでウル王子を守るかのような発言に行動は、かの国を刺激するだけですが」
「王子を守らない王と国の方がよっぽどヤバいと思うけどね~」
フュゾルカが嘲るような声を出す。しかしそれを無視して、レヴンが父へと再度訴えの声を上げた。
「……私は反対です。コボルト達はアルマ王国に引き渡し、フュゾルカ殿は、今回は王城で滞在していただき、然る後に良い時期が来ましたらヴァーゼアル領に改めてお招きすればいいでしょう。これは……我らエリオン貴族の総意でもあります。それを無下にする気ですか、ムルト王。いくら王子とはいえ、売国奴を庇うとなると、王にすら嫌疑が掛かりますよ?」
レヴンの強気な態度が変わらない。どうやら既に根回しは済んでいるようだ。もちろん、国王の父ならこのまま押し切ることは可能だ。
だけどもそうすると立場がかなり苦しくなるのは必然だった。いくら国王とはいえ、他の貴族全員を敵に回すのは得策ではない。
父もラムダも流石の困り顔である。
さて。そうなると、いよいよ彼女の出番である。
頃合い的に、もう出てきていい頃だ。
なんて思っていると――
「――失礼します」
広間の扉が開き、一人の侍女が入ってくる。黄土色の髪をアップにして、侍女服に身を包んだ長身の美女が僕の下へとやってきて、ソッと耳打ちする。
「……どうだい、なかなか似合っているだろ? 実は一度着てみたんかったんだよ、これ」
「あはは……そうだね」
僕はそんなどうでもいい情報に苦笑するしかない。まあこの行為に意味はないのだから別にいいんだけどね。
大事なのは、彼女がこの場に現れたこと。
そしてまっ先に僕へと何かを伝えたこと。
そうして、その侍女――アルマ王国の刺客であり諜報員でもあるアイナが、チラリとレヴンへと顔を向けた。
「……っ!」
アイナの顔を見たレヴンの顔に浮かぶのは動揺。
なぜ、お前がここに。
なぜ、お前が王子と。
そんな言葉が声に出ずとも顔に書かれている。
「えっと、それで――誰が売国奴だって言う話でしたっけ? 」
僕がとぼけたふりをして、そうレヴンへと笑顔で言葉を投げかける。
これこそが僕が切り札だった。アイナはレヴンと何度も会っていたそうだ。つまり、レヴンがアルマ王国と通じていることを証明できる存在なのだ。
その存在が今は僕の手の内なのだ。
悪いけど、あんたはもう詰んでいる。
「……これ以上何も話すことはない。悪いが、今日はこれで失礼する!」
レヴンが慌てた様子で立ち上がり、立ち去ろうとする。
その背に、フュゾルカが声を掛ける。
「古今東西、まだ終わっていない話し合いの場で席を立つという行為は――降参したってことを意味するんだけど、そういうことでいいのかな?」
そのナイフのような言葉に、レヴンは振り返らない。
「――失礼する!」
全てを飲み込み、そう一言発してから、レヴンが去っていった。
「……監視しておくよ」
アイナがそう耳打ちしてきたので、僕は無言で頷く。
何か良からぬことを考えなければいいけども。
「……身内が醜態をさらしてしまいましたこと、お詫び申し上げます。それでは、今後について、もう少しだけお話しましょうか。我が国の状況と、アルマ王国の侵略について」
そう父が仕切り直し、会談が再開された。
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