第33話:交渉・イン・ザ・ジェイル


 最初に口火を切ったのはナナルカだった。


「おおよその話はキケルファから聞いています。貴国には叡竜派ファルセンを自国内領土で保護する用意があり、条件は諸々あるものの、国民として正式に迎えたい――これで合っていますか」

「ええ、その通りです。国王の許可も得ております。条件についてですが、まず基本的に僕の管理下にいてもらうことが大前提です」


 それから僕は懐に大事に隠し持っていた書状を取り出した。念の為、貴重な魔蝋を使って防水していたのが功を奏して、川に落ちたというのになんとか読める状態である。

 

 それを受け取り、ナナルカが素早く目を通していく。


「なるほど……基本的にこれまでとさして変わらないですね。行動の制限もそのままと」


 条件については、父や宰相と擦り合わせを行い作成したものだ。

 細かい部分もあるが、ざっくり主要なところをまとめるとこんな感じだ。


・コボルト族は基本的に決められた領地から出てはならない。出る場合は必ず領主側の兵と共に行動すること。またコボルトの代表者は、その土地の領主に定期的に自治内について報告する義務がある。

・王国によって定められた法令を厳守すること。人食は発覚した時点で、死刑となる。

・税についてはその他国民と同じ税率となる。

・領地に必ず領主の兵および監督官を常駐させること。

・領地の自衛については基本的にコボルト族が行うこと。

 

 これらは基本的にアルマ王国のものとほぼ同じである。ただし、そこよりもあえて緩くしている部分がある。


「〝領地の自衛については基本的にコボルト族が行うこと〟とありますが、これは武器類の購入や製造に関する制限はないと解釈しても?」


 やはり、そこを目敏く見付けたか。


「ええ、その通りです。なんせ状況が違いますからね。僕はコボルト族に領地の自衛をしてもらいたいと思っています。なので武器も供給しますし、作り方を教えることも可能です。ゆくゆくはコボルト族で構成された部隊の運用も視野に入れていますよ」

「それをした結果、アルマ王国は冥竜派アトセルにこうして反乱されてますけど? 私達がそれをしないという保証はありませんよ」


 痛いところを突かれてしまった。ならば、少し強引にいくとしよう。


「貴方達が叡竜派ファルセンだからです……ではちょっと弱いですね。本音を言いますと貴方達を盾にしたいからです。間違いなく戦争になりますから」


 僕がそう言うと、黙って聞いていたアイナが思わず口を挟んでくる。


「おいおい、それはいくらなんでも直球すぎないか? お前らが犠牲になれって言っているのと一緒だろ」

「そうだよ。でも、それだけじゃない」


 僕が視線をナナルカへと向ける。


「僕はコボルト族と共に戦いたいのです。キケルファと交流し、コボルト族と人間の間に大した差はないと気付きました。ならば共に歩むことは可能だと。だからこれらの条件についても周囲の反応を見ながらも少しずつ緩和していくつもりではあります」

「聞こえはいいですけれど……上手く使ってやろうという魂胆が見えていますよ。最悪コボルト族が全滅しても、痛くないと」


 ナナルカが少し低い声で、そう僕へと率直に伝えた。


「そりゃあ僕だって小さいながらも領地を治める立場ですからね。全てを善意でやっているわけではないのは、叡竜派ファルセンの長である貴方も分かるはずです。だから領地を守るためならコボルト族とも手を組むし、武器だって与える。それで反乱されたら……まあ僕はそこまでの器だったってことです」

「……そうですね。確かに私がとやかく言える立場ではありませんでした」


 ナナルカがそう悲しそうな顔で顔を横に振った。


 自分の派閥の者が全員捕らえられ、明日どうなるかも分からない状況だ。気丈に振る舞ってはいるが、彼女だって参っているのは確かだろう。


 だからこそ――。人の弱味につけ込むことを、僕は躊躇ったりなんかしない。


「多少予定は狂いましたが、僕の気持ちは変わっていません。その条件を飲み込んでくれるならば、捕らえられた叡竜派ファルセンの者を救い、我が国で保護することを約束します」

「貴方が捕らえられているこの状況で、ですか」

「多少は賭けの部分はありますけどね。少なくとも、このまま終わりにしません」


 まあ捕らわれの身で言うのもなんだけどね。

 まずはここを脱出しリッカ達と合流。その後、改めて叡竜派ファルセン救出の算段を立てるつもりだ。


「選択の余地はないようですが……それでもこの条件についてはいくつか修正、あるいは追加してほしいところがあります」

「聞きましょう」

「細かいところは後日詰めるとして。まずは自衛についてですが、緊急時には領主とコボルト族の双方が必ず同数程度の兵を出す旨を追加してください。共に戦いたいと言うのなら、当然できますよね?」


 まあ、そう来ますよね。


「同数は難しいですね。コボルト族だけで守ってもらう状況もあるでしょうし。我が国はそこまで兵力に余裕はありませんから。ですが条件にもあるように、我が国の兵をある程度常駐させますので、彼らを緊急時には戦力として数えることは可能としましょう。これは、僕が出来る最大限の譲歩です」

「なるほど……こちらの脅威度が上がれば、それだけ常駐させる兵も増えるでしょうし、悪くないですね」


 その通り。

 コボルト達が武装し戦力として脅威になるほどに、僕も万が一の際に備えてある程度の兵をそこに割かないといけない。


 流石に同数とはいかないが、それなりの兵数は置くつもりだ。


 ならば、ナナルカが最初に提示した追加条件とさほど変わらないものとなるだろう。


「では、緊急時には常駐兵を戦力として数えてもいいという旨を追加するということでいいですか、ウル様」

「結構です」

「あとはそうですね……このような状況ですから、税については最初の数年間はなしにしてもらうというのは?」

「無税というは流石に……とはいえ、税率については考慮しましょう」


 なんてあれこれ交渉しているうちに、だんだんまとまってくる。


「こんなところですかね。細かい部分は後日改めて、ということで」


 そう僕が言うと、ナナルカが笑顔で頷く。


「はい。ですが、その前にこの状況をどうにかしないと」

「ですねえ……」


 まあなんというか、そこが大問題である。

 できればリッカ達と合流し、今後について話し合いたいのだけども……。

 

 なんて思っていると――檻の前に誰かがやってくる。


 それは赤い鱗の、一際体が大きなコボルトだった。やけに真新しい鎧と剣を装備していて、他のコボルトとは様子も雰囲気も違う。


 僕はすぐに彼が、おそらくここの責任者だろうと気付いた。

 

 そんな僕の心中を察してか、ナナルカが耳打ちしてくる。


「……彼は冥竜派アトセルの中でも中庸派のザフラスという名の男です。ここの占領を行った指揮官ですよ」


 なるほど。つまりここのコボルト達のボスというわけだ。


 さて、どうなるやら。

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