第34話:ウルの助言その1

『――こいつらを出せ。ナナルカもだ』


 脅すような低い声をザフラスが出して、僕とアイナ、それにナナルカを檻の外へ出すように部下へと命じた。


 さて……これはどういう状況だろうか。


 アイナが警戒し、こちらへと視線を送ってくる。だけども僕は首を横に振って、抵抗しないように目で訴えた。


 とりあえず様子見といこう。もし処刑するなり、食うなりするつもりなら、わざわざ指揮官である彼が出張ってくる必要もないし、ナナルカまで外に出すのは不自然だ。


『やっと解放してくれるってこと? 判断遅すぎない?』


 僕があえて軽口でそうザフラスを挑発する。僕がアルマ王国の王子であるということを忘れてはいけない。


『……お前が本当に王子なら、役に立て。立たないなら首を落とす』


 しかし僕の挑発にザフラスは乗らず、淡々とそう言うだけで終わった。


『野蛮だねえ。とはいえ、一介の王子に何ができるかやら』


 役に立て、ねえ。


 なんて話していると、この村の真ん中にある家の中へと連れていかれた。どうやらそこが指揮所になっているようで、中でコボルト達が慌ただしく動いている。


『ライーデ村から連絡は!?』

『クソ、予想以上に動きが早い!』

『グランギ達がやられたらしい!』

『〝鱗砦〟を落とされたら俺ら終わりだぞ!』

 

 大きなテーブルに地図を広げ、コボルト達が何やら鬼気迫る様子であれこれ議論している。


 どうやらマズい状況のようだ。


 地図を見ればこの周辺一帯が描かれていて、荒い作りの木製の駒がその上に置かれてある。おそらく黒い駒がコボルト軍で、赤い駒がアルマ王国軍だろう。


 ここより西の地に村があり、さらにその北には砦。それぞれに黒い駒が置かれているが、砦の駒は王を模しているのか、王冠のようなものを被っている。


 ははーん。おそらくだけどこれが冥竜派アトセルの本拠地である、〝鱗砦〟だろう。となると西の村は居住地か、あるいは人間の村を占拠したか。

 

 いずれにせよその二つのさらに西から北にかけて、大きく半円状に囲むように赤い駒が並んでいる。


 どうやら包囲網ができつつあるようだ。


『今、アルマ王国軍がこちらへと迫ってきている。お前が王子なら、相手がどう動くか分かるだろ。あと相手の兵器についても教えろ』

『え?』


 いやいや。仮に僕が本当にアルマ王国の王子だったとしても、自軍の動きなんて把握しているわけないんですけど!?


『役に立て。でないなら、殺してその首を相手に送りつける』


 どうやら、選択の余地はないようだ。


『努力はしますけどね……とはいえ、見る限り多勢に無勢では?』

『……分かっている』


 ザフラスが苦々しい表情を浮かべる。その顔からして、現状についてあまり前向きな感じではなさそうだ。


 確かナナルカが彼は冥竜派アトセルの中でも中庸派だと言っていたっけ。

 だとすれば、交渉の余地はあるかもしれない。

 

『それで、その兵器ってのは?』

『お前が王子なら分かるだろ』


 ザフラスが試すようなことを言ってくる。どうにもまだ疑っているようだ。


、と聞いているのだけど?』


 と誤魔化してみる。まあ、ゲームの知識のおかげで大体想像はつくんだけども。


『……おい、見てきたものを教えてやれ』


 ザフラスがそう命じると、部下のコボルトがどこか怯えた目で報告してくる。まるで、地獄でも見たきたかのような顔つきだ。


『アルマ王国軍は従来の歩兵、騎兵に加え、大砲らしきものを用意していました! これの砲撃と騎兵突撃により我が軍の前線が一部崩壊、〝鱗砦〟まで撤退中とのことです!』


 なるほど。やはり野砲か。


 アルマ王国には、先にアイナが使った魔法爆筒のような、優れた火薬生成技術がある。当然それは、花火にしか使わないような僕の国と違って兵器にも使われている。


 火薬を使った兵器となると当然それは砲の類いになるだろう。


 前世における史実においても、そしてこの世界においても、砲兵は大変強力な兵科だ。あらゆるものを破壊し、破砕し、歩兵と騎兵を援護する戦場の女神。


 この竜欧大陸においてはアルマ王国は砲兵に関しては間違いなくナンバーワンであり、その技術、知識、練度ともにかなり高い。


 その軍事力は平和ボケしたエリオンや、旧態依然で魔法に頼りがちな緑王国などと言った周辺国とは一線を画している。


 だが幸いにもその軍事力は、西から侵略に向けられていた。

 だけども、そうじゃない時代がもうすぐそこにやってきているのだ。


『それはいわゆる三兵戦術だね。武器を与えられただけの君達ではどう足掻こうと勝てない』


 僕は冷静にそうザフラスへと忠告する。


『それはどういう戦術だ。教えろ、でないと――』

『首を落とすんでしょ。はいはい、説明しますよ』


 と言っても僕もゲームのにわか知識しかないのだけども。


『三兵戦術とは、歩兵と騎兵、そして砲兵の三つの兵科を運用する戦術だよ。アルマ王国の場合だと、槍歩兵による横隊と、騎兵による抜刀突撃、そして取り回しと運搬が比較的容易な軽量の野砲による射撃の組み合わせかな。これらを緻密に連携させることで、これまでとは比較にならないほどの攻撃能力を発揮している』


 本来ならこの歩兵は銃兵であるはずなのだけども、この世界は歪な歴史の経緯もあって今も歩兵は槍が主体である。


 そこが前世とは違う部分だろう。それでも歩兵と言えば密集陣形、が一般的なこの時代において有効であることは間違いない。


 というかそんな時代に、いち早く三兵戦術を取り入れられるレベルで砲兵を運用できるのは、わりとチート臭いんだよなあ……。

 正直、このコボルトの反乱も他人事ではない。次にアルマ王国の砲口が向けられる先は――僕の国なのだから。

 

『……どうすれば勝てる』


 どうやらザフラスも劣勢なのは分かっているようでそう聞いてくる。でもどこか諦めたような口調だ。


 だから僕はこう言うしかなかった。


。さっさと尻尾を巻いて逃げることをオススメするね』


 それしかない。圧倒的な軍事力の前では、武装したコボルト程度ではどうしようもない。


『どこへ逃げようと言うのだ。我らに逃げる先なぞない』


 それもまた真だ。でもここで全滅覚悟で籠城されても困る。

 だから、僕は彼にこう提案することにした


『少なくとも、ここにいれば死ぬだけだよ。一筋の光明を見出したいと言うのなら――ここに逃げ込むしかない』


 そう言って、僕は地図の一点を指差した。


 それはアルマ王国とエリオン王国の南に位置する国であり、本来なら僕が向かうべき場所であった――ラ・ユルカ緑王国だ。







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