第35話:ウルの助言その2


『緑王国に逃げるだと? バカなことを言うな』


 ザフラスがくだらないとばかりに僕の提案を一蹴した。

 そんな頭ごなしな否定に、怯むことなく言葉を重ねる。


『じゃあエリオンに逃げる? 船はないし、船がないところから、となるとアルマ王国の検問があるだろうけど』

『それも……無理だ。エリオンなぞに頭を下げるつもりはない』

『でしょ?』


 なんせ彼らが今の窮地に立たされているのは、そもそもエリオン王国への侵略が失敗したからだ。それゆえにアルマ王国から見限られ、結果として武装蜂起せざるを得なかった。

 

 そうしてアルマ王国に彼らを討伐する正当な理由を与えてしまった。

 全てアルマ王国の目論見通りだろう。


 だからエリオン王国を恨むのはお門違いもいいところなんだけども、仲間を殺されたという感情を押し殺せるほど、今の冥竜派アトセルが理性的とも思えない。


 一番賢い選択は、エリオン王国に頭を下げて保護してもらうことなんだけどなあ……。さてどうやってそこに持っていくか。


『それに例え今から逃げるとなっても、我らの長は逃げ切れない』


 ザフラスが〝鱗砦〟に置かれている王冠の駒を指で倒した。


『そうだね。その前に包囲網ができてしまう』


 アルマ王国も、むざむざ武装蜂起の首謀者を逃がしはしないだろう。それを、今のアルマ王国軍の配置が物語っている。


『ならば無意味だ』

『そうでもない。むしろ――

『どういう意味だ』


 ザフラスが怒気を滲ませた口調で僕へと迫る。でも彼の中には、まだどこかに理性が残っている気がする。


 あるいは僕の提案に乗ってくれるかもしれない。


『簡単な話だよ――。その間に、戦場から一番離れているここの者を連れて、南へと撤退する。緑王国にさえ入れば、アルマ王国も軍は動かせない』

『仲間を、長を見捨てろというのか』


 ザフラスが重苦しい声を出す。ああ、そうだ。その通りだよ。


『このままコボルト族が全滅したくなければね』


 砲兵を持つアルマ王国軍相手に、前時代的な砦で籠城なんてどだい無理な話なのだ。かといって、こちらから打って出たところで、この兵力差では与えられる被害は微々たるものだろう。


 もちろん、やり方次第ではやってやれないことはないが……やはり分の悪い賭けであることは間違いない。


 僕的には逃げる方が都合がいい。


『――撤退しましょう、ザフラス。もはや派閥同士で争っている場合ではありません。これはコボルト族存続の危機なのですよ』


 ここまで黙っていたナナルカがそうザフラスへと訴えた。彼女もまた必死だ。


『……だが』

『今ならまだ時間がある。アルマ王国は〝鱗砦〟を落とすのに戦力を注ぐだろうからね。決断すべきだ』


 僕の言葉を聞いて、迷いはじめるザフラス。周囲のコボルトも、〝逃げましょうよ〟と言いたげな目線を送っている。


 誰だって死にたくはない。

 

『……しかしお前はそれでいいのか、王子。アルマ王国としては、我らに緑王国へと逃げられたら困るのではないか』

『僕とアルマ王国を同じ括りで語られても困るよ。。こうやって君達の言葉を話せている時点で、分かるだろう?』


 僕が肩をすくめると、ナナルカがクスリと笑った。いや、嘘はついていないけど?


『この人に悪意はありませんよ、ザフラス。本当は貴方も分かっているのでしょう? でなければとっくに殺して食べているはず』

『……悪意はないようだが、利他的であるかどうかは別だ。お前は確か緑王国に行く途中だったのだろ? だからそっちに撤退しろと言っているだけではないのか』


 ザフラスが疑いの目で僕を見てくる。ま、そう言われても仕方ない。


『だからこそ、だよ。僕は外交で行くのだから当然、身の安全は確保ができる。もし君達がそこまで撤退するというのなら、君達の安全も保証するように交渉してもいい。僕としては、コボルト族がここで全滅するのは惜しいと思っている』


 その言葉に嘘偽りはない。僕の本音だ。


 コボルト族は大陸中に散らばっているが、大多数がこのアルマ王国に住んでいる。


 ここで全滅すれば、コボルト族自体が消えてしまう可能性は非常に高い。

 それはやっぱり見過ごせない。そう思ってしまう自分がいた。


『仮に撤退して、お前が我らの身の安全の確保をできたとしよう。それからはどうする? いつまでも緑王国にいれるわけもない』

『それについては、考えがないではない』


 さて。ここが勝負どころだ。

 下手したら僕は死ぬかもしれないが、ここで彼らを説得できなければ、いずれにせよ、待っているのは死か牢獄だ。


『……聞かせてくれ』

『簡潔に言えば、緑王国から

『馬鹿を言うな。そもそもの発端を忘れたのか? あの国がコボルトを受け入れるわけがない! 我らは同胞と同じように殺されるに決まっている』

『そんなことはないさ、ねえ、ナナルカさん』


 僕はそこでナナルカへと視線を向けた。聡い彼女なら僕が言わんとすることを理解しているはずだ。


『……はい。エリオン王国に、我らコボルト族を保護する用意があるのは確かです』


 ナナルカが正しく僕の意図を汲み取って、そうザフラスへと伝えたのだった。

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