第36話:変なやつ
『エリオン王国がコボルトを保護とはどういうことだ!?』
ザフラスが吼える。するとナナルカが、僕が渡したあの書状をザフラスへと見せ付けた。
『こちらを』
『これは……本当なのか』
それを読んで、ザフラスが衝撃を受ける。
『はい。ただし、保護対象は
『……つまり、我らに
『貴方が好む人肉より、豚や牛や羊の肉の方が美味しいですよ? 特にエリオン王国のものは絶品と聞いています』
僕は苦笑するしかない。ナナルカは僕が条件の中に残していた抜け道を、ちゃんと見抜いていたようだ。
確かに僕は保護対象は
つまり
これに関してはナナルカとの交渉で〝
『しかし……』
ザフラスが難色を示す。まあそう簡単に答えられる話ではない。
『時間はあまりないですよ、ザフラス。いずれにせよここから撤退する他なく、逃げる先は緑王国しかありません』
『少し……考えさせてくれ』
ザフラスが苦悩の表情のまま、そう言葉を吐き出した。
『僕らは一回出ましょうか』
僕がそう提案すると、ザフラスがさっさと行けとばかりに手を振った。
拘束も外してもらい、僕とアイナ、そしてナナルカさんは隣の部屋へと移動した。
置いてある椅子に僕が座ると、ナナルカが微笑みながら口を開いた。
「流石ですね、ウル様。おそらくザフラスは撤退を選ぶでしょう。その後のエリオンへの亡命はまだ分かりませんが」
褒めているのだろうけど、それに対し僕はため息をつき、首を横に振るしかない。
「いや、かなり賭けの部分が多かったですよ。ここの指揮官が中庸派のザフラスで
良かった」
もし過激派であったならば、そもそも僕は生きていなかっただろう。
とはいえおそらく
運が良かったのか、悪かったのか。
「しかしこの先どうする気だい。撤退するとして、緑王国が受け入れてくれるかどうか。特にこっちとの国境沿いには……あいつらがいるだろ? どう考えても交渉する前に殺されるとしか思えないんだがねえ」
僕の傍にまるで護衛のように立つアイナがそう聞いてくるので、僕は頭の中の考えをまとめながら、それに答える。
「一応、策はあるんだ。ただしこれもまた多少、賭けの部分になる」
それから僕が撤退すべき場所、そしてその方法を二人に伝えた。
するとナナルカは眉を潜ませ、アイナはニヤリと笑った。
「あんたも人が悪いねえ」
「最善の方法を選択しているだけだよ……人聞きが悪い」
「しかし一歩間違えれば、あんたが危険に晒される。最悪、あいつらとアルマ王国軍に挟撃される可能性もある」
「本当はエリオンに直接逃げ込めば話は済むのだけど、まあ難しいだろうしねえ」
エリオン王国入りは僕一人ならともかく、コボルトの集団となると緑王国経由でないと、間違いなく無理だろう。
「あまり褒められた方法でないですが……有効ではありそうです。そこまで上手くいくかどうかは別ですが」
「まともにぶつかって全滅するよりもマシだよ」
それからしばらくしてから、ザフラスが部下を連れて部屋の中へと入ってきた。
その顔を見れば、どういう結論になったかは聞かなくても分かる。
『――部下達は撤退およびエリオン王国への亡命を望んでいる』
ザフラスがそう淡々と告げた。その顔に迷いはないように思える。
『よって、これより我らは緑王国へと撤退し、その後エリオン王国へと亡命する。生きる為なら、派閥なぞ変えて構わない』
『君自身はどうなの?』
僕には、それが彼自身の言葉とは思えなかった。
『……それはどうでもいい。こうなった以上、俺達は
それが彼の決断だった。
その潔さ、悪くない。
彼なら
頼るべきリーダーの存在は、いつだって求められているのだから。
それはナナルカも感じたのか、よく出来た子を褒める母親のような表情を浮かべ、口を開いた。
『であれば――これより先は、ウル様の下につきましょうか』
そんな言葉と共にナナルカが僕へと恭しく膝を曲げ、頭を下げた。
しかしザフラスが動かずに僕をまっすぐに見つめる。
『だがその前に教えろ――お前は何者だ。アルマ王国の王子というは嘘だろう。だが、全てが嘘とも思えない。お前は一体……なんなんだ』
もはや、これ以上の嘘は不要か。
『僕の名はウル・エリュシオン――エリオン王国の王子だよ。だから信じてくれていい。僕は君達コボルト族の味方だ』
それを聞いてザフラスが小さく笑い、そして目を閉じた。
『ふっ……やはりか。我らを騙していたことは気に食わないが……逆にそれが今となっては有効とはな。人間とは皆こうなのか、ナナルカ』
それにナナルカは微笑みながらこう答える。
『まさか。この方が特別なだけですよ。コボルトの言葉を話し、しかも味方にしようとする……変な人です』
それは……褒めていないよね?
『そうだな。とんでもなく変なやつだ。だが……えり好みできる状況でもないか』
そう言ってザフラスもナナルカに従って、膝を曲げ、頭を下げた。
それに部下のコボルト達も従った。
それを見て、アイナが豪快に笑い声を上げる。
「あははは! あんたはやっぱり大物だな! あのクソ王族どもにすら頭を下げなかったコボルト族を、こんなあっさりと従えちまった」
「今だけだよ」
僕はそう言うしかなかった。こんなことで浮かれている場合ではない。まだ何も解決していないのだから。
だから僕はあえて明るい声を出した。
「さあ、始めようか。怖い怖いアルマ王国軍なんて相手してないで……尻尾巻いて、逃げるとしよう」
楽しい撤退戦の始まりである。
そういえば……何か忘れている気がするな……?
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