第37話:悪ノリする女子達


 撤退に向けて、コボルト達が派閥を超えて慌ただしく作業しているなか。


「……」

「えっと」

「……」

「ごめんね」

「……」

「僕が悪かったよ」

「……」


 村の広場に作った即席の司令部にて、僕の目の前でリッカがむくれていた。怒っているというよりも、拗ねている様子である。


 ザフラス達と撤退することを決めてから、僕はリッカ達にこのことを伝えなければと思って、彼女達を探しに行こうとした矢先――彼女達は堂々と正面からやってきたのだった。


 そして、今である。


「ん……団長は――せっかく敵の拠点に殴り込もうとしていたのに、なぜかそこで敵と仲良くなってて助け出す必要がないウル王子を見て拗ねているだけだよ。本当は暴れたかったのに、って」

「詳細な説明をありがとう、ツァラ」


 まあそんなところだろうと思った。そこは、〝無事だった、よかった!〟 って感じになるところじゃないの?


 と言いかけるも、心配させたことは事実なので素直に謝ることにした。


「でも心配させたようだね。ごめん」

「別にしていない」


 口を尖らせて、リッカがプイッと横を向いた。


「途中までハ必死にウルを探していたんだガなあ……冥竜派アトセルの拠点に捕らわれているト知った途端に、目の色を変えてだナ」


 キケルファの補足を聞いて、どんな感じだったかが簡単に想像できる。


 〝お、コボルトどもをボコれる良い機会じゃないか! 乗り込むぞお前ら!〟的なノリだったところに、僕が普通にコボルト達と会話しているどころか、従えているところを見たら、こうなるのも分かる……いややっぱり分からない。


「大体、なんでそいつが〝私が護衛だが?〟みたいな顔をしてそこに立っているんだ」


 リッカが僕の横にいるアイナへと鋭い視線を送る。


「それには長い話があってだね。とにかくピンチを切り抜けるために彼女と交渉して――」

「愛人兼護衛になったってわけさ。まあ、よろしく頼むよ」


 なんて言って、アイナが妖艶な笑みを浮かべる。


「そうそう……って、愛人!?」


 何言っているのこの人!?


「ほう……? 私がいない間にそんなことが……やるじゃないか、ウル。見直したぞ!」


 で、なんでリッカは嬉しそうにしているの!? そこは〝私という存在がいながらどういうことだ!?〟、って詰め寄るシーンじゃないの!?


 いや別に詰め寄ってほしいわけではないのだけども!


 なんて思っていると、ツァラが無表情で説明してくれた。


「ん、氷狼族ジーヴルは一夫多妻制だから……それに、強い女を多く侍らす男ほど魅力的だと思ってる。団長は分かりやすくそういう男が好き」

「そうなの!? いや、でも本当に違うからね!?」

「恥ずかしがるな、ウル。私は本妻として鼻が高いぞ。どんどん強い女を娶り、侍らすがいい」


 ポンポンとリッカに肩を叩かれ、諭される僕であった。


「いやだから……はあ……まあいいや」


 結局諦めた僕だった。リッカはアイナの冗談を真に受けている様子だけども、まあそのうち違うって分かるでしょ。


「なら私も殿下のお嫁さんに立候補しようかしら……なんて」


 そんなことを言いながら、ナナルカがこちらへとやってくる。


 いや、貴方まで乗らないでくれます? 話がややこしくなるってば。


「お前も強そうだからいいぞ。ハイコボルトの嫁を持つ男なぞ、氷狼族ジーヴルの長い歴史を見てもいないからな! 快挙だな、ウル!」

「うふふ、ありがとうございます」


 快挙だな、じゃないんですよ。


 そもそもうちの国は一夫多妻制じゃないし、そうでなくてもリッカ一人で手一杯だよ!


 と心の中で叫んでいると、


『あー……ウル王子、そろそろ話を戻していいか』


 そう話を遮ってくれたのは、ここまで黙って聞いていたザフラスだった。


 僕は嬉しさのあまり彼に抱きつきそうになる衝動を必死に抑えた。まともな人がようやくいたよ!


『うん、どんどん戻そう!』


 僕の言葉に、ザフラスが頷く。リッカはつまらなさそうな顔をしているが、今はバカなやり取りをしている暇はあんまりない。


『撤退の準備は整いつつあるが……ウル王子、本当にいいのか。に動いた奴がいる。間違いなくアルマ王国軍は本気でこちらを追ってくるぞ』


 ザフラスが心配そうにそう聞いてくるので、僕は断言しておく。


『うん、それについては問題ないよ。むしろ、そうしてもらわないとこっちが困る』


 ちょっとわざとらしすぎたかな? と心配していたけど、どうやら杞憂だったようだ。


 実は僕は既にとある策を仕込んでいた。それがどう転ぶかはまだ分からないけども、なぜそんなことをしたというと、緑王国に撤退するに向けて解決しないといけない問題がいくつかあるからだ。


 その中でも最も厄介かつ、危険性が高いもの――それは、緑王国の北側の国境線、つまり今から僕達が逃げ込もうとしている場所に住む、とある者達の存在だ。


 彼らをどう説得するか。ここに全てが掛かっていると言っても過言ではない。


 なぜなら彼らは基本的に話が通じず、かつ武装したコボルトが束になっても敵わないほどの強者だからだ。


 そんな存在を説得して、領地内に入ることを許可させないといけない。でないとアルマ王国軍にやられる前に、彼らによって全滅させられてしまう。


「そういえば、私はまだ全容を聞いていなかったな。緑王国まで撤退するという話だが、はどうする気だ。流石の私も、アレはどうしようもないぞ」


 リッカが僕らの会話内容を察して、そう発言した。

 彼女の言うように、彼らは氷狼族ジーヴルをもってしても、どうしようもない相手なのだ。


『本当に……交渉する余地があるのか? 俺からすれば、とんでもない世迷い言に聞こえるが。〝川を渡りたいから、〟――それぐらいの妄言を言っているのと同じだと思うが』


 ザフラスが疑うのも分かる。だけども、僕はこう答えるしかない。


『交渉が成功するかは分からないけども……交渉はできるさ。僕ならね』

『あんたがそう言うなら信じるしかないか』


 ザフラスが苦笑する。


『だからまず僕らが先行し、彼らと交渉をはじめる。ザフラス達はコボルト達を引き連れて……予定通りに撤退してほしい。危険ではあるけども……の撤退になる』

『分かっている。それしか方法がないのなら、やるしかない』


 ザフラスが僕の言葉に納得し、準備を行うべく去っていく。


 彼には一番難しいかつ危険な任務を与えることになってしまった。だけども、彼は自らそこを熱望したので、仕方がない。


「というわけで、僕らはそろそろ出発しようか」


 僕がそう言うと、リッカが不満そうに口を開いた。


「私も殿しんがりが良かったんだがなあ……武人の誉れだ」

「そう言わないでよ。言っとくけど、僕らも十分に危険なことをするからね?」

「分かっている。ただの愚痴だ」


 なんて話していると、ナナルカが一歩前へと出た。


「私も同行いたします。どこまでお力添えできるか分かりませんが、あの方達と交渉するなら、必要でしょう」

「ええ、お願いしようと思っていました」


 ナナルカが同行してくれるのは助かる。それだけで交渉する際の説得力が増す。


「ならば、ナナルカ様の護衛は私ガ」

 

 そうキケルファも言ってくれたので、僕は首肯した。


「助かるよ」


 そうして僕達は一足先に村を後にした。

 目指すは南の国境線。


 鬱蒼と生い茂る森林に、湿地帯。

 蠢く樹木達。


 そこに住むは、古より世界と星を見据えし者達。

 永遠に生きることを求め、人であることをやめた賢者達。

 エルフの、その


 今度の交渉も、一筋縄ではいきそうにない。





*作者よりお知らせ*

次話は章途中ではありますが、第三者視点となります。

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