第13話:イスカ村を奪還せよ 前編


『こ、交渉?』


 僕の言葉に、キケルファが困惑したような声を出す。


『そうだ。本来なら君は、このエリオン王国に移住地を得るべく僕達と交渉をしに来たのだろう?』

『だがそれは……まったくの嘘で』

『嘘を本当にすればいい。とはいえ、こうなった以上は……流石にすぐに移住地を与えるというは難しいけどね。でも――。なんせこの一件で君達の立場はかなり危うくなる、下手したらアルマ王国から追放されるかもしれない。庇護してくれる相手は欲しいでしょ?』


 僕の予想では、今回の件についてアルマ王国を糾弾したところで、〝コボルトが勝手にやったことだ。とはいえ、示しがつかないのでコボルトを抹殺、あるいは追放しよう〟と言って責任転嫁するのが目に見えている。


 そうなると困るのは、キケルファ達〝叡竜派ファルセン〟だ。暴走するであろう〝冥竜派アトセル〟を彼らが抑えられるとは到底思えない。


『僕は君達、〝叡竜派ファルセン〟は保護しようと思う。その代わりに、色々と手伝ってほしいのだけども』

『……何をする気だ』


 キケルファが疑うような目付きで僕を見えてくる。まあ疑心暗鬼になるのも仕方ない。アルマ王国の役人とやらに嵌められたばかりだからね。


 こればっかりは誠意と行動で見せるしかない。


『詳しくは落ち着いてからにしよう。まずはイスカ村を奪還しないと。ああ、そうだ。一応言っておくけど、うちの領民に被害が出ている以上、派閥が違うとはいえ、君の同類には容赦はしないから、そのつもりで』


 僕がそう言い切ると、キケルファが怒りを露わにする。でもそれは僕に対する怒りではなかった。


『もちろんだ! 協力ならいくらでもするぞ! コボルトの恥さらしである〝冥竜派アトセル〟なぞ、滅ぼしてしまっていい! 我らが何百年と掛けて得た信頼を、ただの欲望で崩しやがって!』


 よし。ならばもはや、躊躇う必要はない。


『なら、村を占拠している〝冥竜派アトセル〟の人数と武装を教えてくれ。もし分かるなら兵士の配置なんかも』

『分かった』


 早速僕はキケルファと斥候にいったツァラの情報をもとに、村の簡易の地図を作成し、作戦を立てる。


 イスカ村自体はとてもシンプルな造りになっている


 村の中央に広場と聖円教の小さな教会。広場から放射状に伸びる道路沿いに民家が立ち並び、郊外には畑や牧草地。


 まさに典型的なエリオンの農村と呼べるもので、西側にはリベレス川へと続く道がある。


「女子供は村の中央にある教会に捕らえられているらしい。ここをまず抑える必要がある」


 僕は地図にある教会へと簡易の駒を置いた。


 その教会はそれなりに頑丈な造りになっていて、下手をしてここに籠城されると非常に厄介だ。なのでまずはここを制圧し、人質の安全を確保するのが第一優先だ。


「それは私達がやろう。ヴォルクでは目立ちすぎるので、隠密行動で上から侵入して、内部から制圧する」


 リッカがそう申し出てくれた。彼女の登攀とうはん能力は僕もよく知っているところである。


「なら僕達は真正面から正々堂々と行こうか、ねえウォリス」


 僕がそう言うと、ウォリスがなんとも情けない表情を浮かべる。


「いやいや! そんなことしたら危険ですって!」

「ウォリスが守ってくれるから大丈夫だよ。そうやって相手の目を引いている間に、リッカ達に中を制圧してもらう。つまり僕らは陽動だ」

「ですが……」


 ウォリスが何か言おうとするも、嬉しそうに笑うリッカがそれを遮る。


「自らの姿を晒すのか、ウル」

「その通り。それにキケルファにも協力してもらうつもりだよ。間違いなく相手は僕を捕らえようと動くはずだ」

「了解した。こちらは5分あれば十分だ。それまで耐えろ」


 リッカの言葉で、もはやそれが決定事項なのことに気付き、ウォリスが力無く頷いた。


「はあ……分かりましたよ。この命に代えても殿下はお守りします。ですが、危険が及びそうならすぐに退却しますからね!」

「ありがとう、ウォリス。それでいいよ」


こうして、僕の初陣とも言うべきイスカ村奪還の戦いが始まった。


***


『て、敵しゅ――』


 そう叫ぶ前に、見回りしていたコボルトの頭部に投てきされた手斧が直撃する。


 コボルトは全身が鱗に覆われていて、並の刃では弾かれてしまうのだが、氷狼族ジーヴルのお家芸である、斧投げの前ではあまり意味がないようだ。


 見れば、投げたヴロスアングの傭兵の腕に刻まれた咒印ルフスが薄らと発光している。


 あれは確か、筋力強化の咒印ルフスだったかな?


 魔法は一部の限られた者にしか使えないものだが、この咒印ルフスはかなり便利で、魔法の才能がなくてもその効果を発揮できるという。


 ただし咒印ルフスを刻める術者は数が少なく、イテキヴァも詳しくは教えてくれなかったけども、氷狼族ジーヴルの中でも数人しかいないとか。


 いずれにせよ、咒印ルフスのおかげで強化された身体能力を持つ氷狼族ジーヴルの前では、油断していたコボルトなんて敵ではなかった。


 ツァラとその仲間が次々と見張りのコボルトを始末していくなか、僕はウォリスとその部下、さらに捕縛したままのキケルファを連れて堂々と村の入口へと進んでいく。


「……好き放題してるね」


 村の入口に着くと、僕は苦り切った顔で思わずそう呟いてしまう。


 村の半分は燃やされていた。さらに地面の至るところに血の痕があり、ここで惨劇が行われたことがすぐに分かる。


 だが村人の死体は見当たらない。

 それが意味することは一つしかなかった。


「食われたか……クソ!」


 ウォリスもその事実に気付き、怒りと嫌悪感を表した。


 おそらく女子供だけを残しているのは、ここから先に侵略する際に連れていき、食料代わりにするつもりなのだろう。あるいは、に使うつもりか。


「絶対に……させない」


 そう決意を口にして、さらに進んでいく。


 中央にある教会へと続く道と、教会の周囲に10人ほどのコボルトがいるのが見えた。


 確かキケルファによる事前情報だと、相手の総数は25人なので今ツァラ達が始末して回っている見張りの者を抜くと、教会内には10人前後いる計算になる。


 それに対しこちらは、

 ツァラを中心としたヴロスアングの騎狼兵を10騎、歩兵を10人。

 さらに僕を守るウォリス率いる近衛兵が10人。


 そしてリッカが率いる隠密班が5人――計35人だ。


 もちろん兵数を増やせばもっと余裕が生まれるのだけど、そうすると今度は馬車を危険に晒してしまう。


「しかし思ったよりも教会内のコボルトが多いな……」


 少しでもリッカの負担を減らすために、なるべく多くのコボルトを僕達が引き付ける必要があるな。


「よし、始めようか」


 僕がそう号令を出すと、ウォリス達が雄叫びを上げた。


「オオオオオオオ!」


 そこでようやく、襲撃されたことに気付いたコボルト達。


『っ! 人間の軍隊だ!』

『見張りは何をやっている!?』


 混乱する彼らを前に、僕はキケルファへと目配せをする。彼は頷くと口を開いた。


『お前ら!! この弱そうなガキがここの領主だぞ! 捕らえれば、この先有利になる!』


 予め決めていていたセリフを言ってくれたのはいいけども……こいつ今、弱そうなガキって言ったな? そこまで言う必要ないんですけど!? 


『……領主だと!?』

『捕らえろ!』


 案の定、コボルト達は僕達に注目し武器を抜いた。見れば彼らは安物ながらもチェインメイルに、ブロードソードや槍を装備している。


 完全武装しているコボルトはそれだけで、かなりの威圧感がある。純粋にめちゃくちゃ怖い。


「戦闘になります、殿下は下がってください」

「分かってる」


 僕の前でウォリスがゆっくりと武器を構える。右手に大盾、左手にショートスピア。分かりやすいほどに、守り重視の装備だ。


 それと同時に周りの近衛兵の一部がクロスボウを取り出し、向かってくるコボルトへとボルト矢を放った。


『あぎゃ!』

『クソ! 怯むな!』


 最新の武器であるクロスボウを、少量ながら造らせて装備させたかいがあった。エリオン軍における一般的な武装である小弓ショートボウでは、おそらくコボルトの鱗は貫通できないだろう。しかしクロスボウならその限りではない。


 とはいえ、人間相手なら鎧ごと貫通する威力のボルト矢が、少し刺さる程度で済んでいる時点で、コボルトはかなり厄介だ。


 クロスボウに怯みながらもコボルト達がこちらへと接近している向こうで、僕はリッカが部下と共に教会の壁を器用に登っていくのが見えた。


「ウォリス、予定通りに進んでいるよ。5分ここで耐えよう」

「了解です! 皆、聞いたな! 防御を崩すな!」


 ウォリスの号令の下、近衛兵達が盾を隙間なく並べていく。


 そこへ、コボルト達が激突。


 とんでもない音と衝撃で、まるで世界そのものが揺れたかのように錯覚する。


「押し返せ!」


 ウォリスの怒号が響いた。


 その後ろで、僕は必死に目を逸らさないようにしていた。

 手と足が震えるのを止められない。


 自分で来ておいてなんだが、やはり戦いは怖い。


 でも慣れるしかない。


 戦いは、まだ始まったばかりだ。

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