第14話:イスカ村を奪還せよ 中編


 ウォリス達が盾でコボルト達を跳ね返えし、槍を突き出した。


「ちっ、やはり硬いか」


 しかし槍はコボルトに致命傷を与えてはくれなかった。やはり鱗とそれを守るチェインメイルが厄介か。


 それから何回か激突が行われたが、コボルト達はウォリス達のぶ厚い壁を突破できない。


『クソが!』

『ええい、を使え!』


 その言葉を聞いて、僕は叫んだ。


「炎が来る! 盾で防ぐんだ!」


 それと同時に、赤い鱗を持つコボルトが大きく息を吸い込んだ。その胸が膨らんだ瞬間――


「防御陣形!」


 ウォリスがすぐに反応し、号令を出す。再び隙間なく並べられた盾に、コボルトの口から吐かれた炎球が直撃。


「ぐうううう!」


 炎が弾ける。ギリギリ防御陣形が間に合ったのか、直撃を受けたものはいない。しかし一部の盾は融解しかけていて、熱くて持つことすらできない。


「今のが噂に聞く、〝竜の吐息ドラゴンブレス〟か! なんという威力だ」


 ウォリスの言葉を聞いて、すぐに僕は命令を下す。


「でも、全員が使えるわけじゃない。今ブレスを吐いたコボルトを優先的に倒せ! 次は防げないよ!」


 そんな僕の言葉を聞いていたとばかりに――後ろから大きな影が飛び出てくる。


「――あれを殺せばいいんだね」


 そうヴォルクの上から僕に言葉を投げてきたのは、見張りを全て殺し終えて駆け付けてきてくれた、ツァラとその仲間達だった。


「頼む」


 僕が短くそう返すと、ツァラはヴォルクの鞍に差していた剣を抜き、ヴォルクと一体となって駆ける。


「彼女達の援護を!」


 ウォリスがそう指示して、僕を守っていた近衛兵が再びボーガンを放つ。


『騎狼兵だと!? クソ、もう一度ブレ――』

「ん、遅い」


 一気に距離を詰めたツァラがその勢いのまま、剣を赤い鱗のコボルトの首へと叩き込んだ。


 いくら鱗が硬かろうと、ヴォルクによって加速された一撃の前では何の意味もなさない。


 コボルトの首が飛び、そのままツァラに続いた他の騎狼兵が残りのコボルト達を蹴散らしていく。


 騎馬兵の突撃とはまた違う迫力とその威力に、僕は妙に感動してしまった。あんなのまともに受けて、立っていられる歩兵はそうはいないだろう。


 さらに馬ではなくヴォルクに騎乗する利点は、この村の道路のような狭い場所でも機動力を確保出来る点だ。ヴォルクは瞬発力があるので、馬と違って加速に距離は必要ない。さらに壁などを蹴って縦横無尽に駆け回るその姿は、あまりに現実離れしている。


「すごいね、あれ」

「あんなのがしかも冬に攻めてきたら……うちの軍じゃ対処できませんよ」


 ウォリスがそう重苦しい声を出した。そういう未来が来る可能性は大いにあった。

 今はただ、味方であることに感謝するしかない。


「――はい、これで終わり」


 あっという間にコボルトが全滅し、ツァラ達がまだ息の根のあるコボルトにトドメを刺していく。


「あとは中を制圧できているかどうかだね。まあリッカなら大丈――」


 そう。僕達は油断していた。

 外のコボルトを殲滅させ、勝利を確信し、気を緩めていた。

 

 だから気付かなかった。


 すぐそこに――


『――おうおうおう……好き勝手やってくれてるじゃねえか』


 そんな声が響いた瞬間――何かが飛来する。


「へ?」


 それは教会の傍に立っていた近衛兵へと突き刺さるも、その勢いは衰えない。


「……え」


 見れば、その近衛兵は教会の壁の中央に――はりつけにされていた。


 ダラリとぶら下がる手足。流れる血と臓物。


 胃に不快感を感じながらも、僕の脳内は恐怖よりも疑問で埋め尽くされていた。


 一体どんな膂力で槍を投げれば……武装した大の男を壁に串刺しにできるんだ?


「っ! て、敵襲!」

「うそ……」


 ウォリスが叫び、ツァラが驚きの声を上げる。


 二人の視線を追うと――村の西側、リベレス川へと続く道の方から、コボルトを引き連れた何かがやってくる。


「あれは……」


 コボルトより二回りは大きい体躯。

 二足歩行だけども、人と近い歩行の仕方をするコボルトと違い、前傾姿勢でより獣に近いようなフォルム。

 太く長い尻尾。


 青と黒が混じる鱗に覆われ、頭部に立派な角が生えたその姿は……とても歩くトカゲとは呼べない。


 それはまさに――


『……っ! な、なぜ、あいつが!』


 僕の横にいたキケルファが驚愕の声を上げる。


『あれは……か』


 僕がその正体の口にする。


 ハイコボルト――その名の通りコボルトの一種であるが、簡単に言ってしまえばその上位種である。


 コボルトは先祖が竜であり、時々先祖返りを起こす者がいるという。そういうものが、竜の吐息ブレスを使えたりするのだけども、中にはかなり竜に近い姿と能力を持って生まれてくる者がいるらしい。


 もはやコボルトとは一線を画するその姿と能力を、コボルト達は畏敬と畏怖の念とともにハイコボルトと呼んだ。


『あれはただのハイコボルトじゃない……青と黒の鱗に、あの巨体

……間違いなく――〝雷鳴止まぬザガリア〟だ』

『その名前は知らないけども、有名な奴なのか?』

『有名どころじゃない……ハイコボルトの中でも特にヤバい奴だ! クソ、地下にずっと封印されていたって聞いていたのに、なぜ……! ああ、もうおしまいだ……あんなバケモノに勝てっこない』


 キケルファが分かりやすく嘆き、項垂れた。

 どうやら、相当にヤバいやつらしい。


 すると、ザガリアがこちらをぎろりと睨む。


 『なるほどなるほど……あいつが裏切り者か。だから〝叡竜派ファルセン〟は好かねえんだよ。コソコソと裏で動きやがる。中身まで猿と同じになったか』


 その視線の圧力だけで、僕は気絶しそうになる。

 心臓が、鷲づかみにされたような感覚。

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバい。あれはマジでヤバい。あんなの絶対勝てない、降伏するか? いや絶対に殺される。どうするどうするどうする。


 いやだ、死ぬのは嫌だ。食われるのはもっと嫌だ。


 それならいっそ、自分で死んだ方がマ――


「アアアアア! 防御陣形を組んで殿下をお守りしろ!」


 しかしウォリスが奮い立つような声を張り上げた。

 同時にツァラ達とヴォルクが空へと向かって吼える。


 それで僕はすぐに正気を取り戻した。


 危ない……一体、僕は何を考えていた?

 気付けば、僕は護身用の剣に手を掛けていた。


「殿下、お気を確かに! 竜の視線には、相手を狂わせる魔力が秘められていると聞きます! 直視してはなりません!」

「わ、分かってる」


 ウォリスの言葉に、僕は頷く。


 だが、状況は最悪。


 僕は本当にバカだ。

 コボルトの戦力を、村にいる者達だけだと勝手に決めつけていた。

 船があるのだから――川から可能性だって十分あるのに。


 失敗だ。これは僕のミスだ。


 「私がアレを止めます。殿下はリッカ様が中を制圧できしだい、そちらに逃げ込んでください。その方が安全です」


 ウォリスの言葉に、どこか悲壮感というか覚悟を感じ、僕は思わずこう返してしまう。


「……絶対に死ぬな、ウォリス」

「――もちろんですよ。殿下が王となり、このエリオンに君臨するのを見届けるのが私の夢ですから。お前らは殿下をお守りしろ!」


 ウォリスが部下に命令を出すと同時に、余裕そうにこちらを観察しているザガリアへと一歩踏み出した。


「――付き合うよ、騎士さん」


 ウォリスの横に、ヴォルクに乗ったツァラ達が並ぶ。


「そりゃあ、心強い。後ろのコボルト達を任せていいか」

「うん」

「では、共に戦おう」


 ウォリスが走り、ツァラ率いる騎狼兵が駆け出した。


 ザガリア達と――激突する。

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