第15話:イスカ村を奪還せよ 後編


「……バケモノかよ」


 ザガリアは圧倒的だった。

その手に握っているのは、規格外の大きさのハルバード。人の膂力では持ち上げることさえ不可能なそれを、まるで小枝のように振り回している。


 薙ぎ払われたハルバードをウォリスが大盾で受けるも、そのあまりの衝撃に体が吹っ飛んでしまう。その隙にツァラがザガリアの懐に飛び込むが、まるでそれを読んでいたかのように太い尻尾が鞭のようにしなり、これを迎撃。


 コボルトの鱗すらも切断する彼女の斬撃を、あっけなく弾いてしまう。


「反則だろ、あれ」


 僕は思わず子供みたいなことを言ってしまう。


『ハイコボルトの鱗は竜のものと遜色ない硬さだ。さらに俺らにはない尻尾が第二、第三の武器となってこちらを襲う。近接戦でアレに勝てるものは少ない』


 キケルファがそう説明してくれる。聞けば聞くほど、勝てる気がしない。


 ウォリス達も吹き飛ばされては立ち上がり、なんとかザガリアに食い付いていくが防戦一方であり、ザガリアも余裕そうにしている。


『弱いなあ……久々の地上なんだ、もっと楽しませてくれよ』


 そう吼えて、ザガリアが息を吸い込んだ。


 あの予備動作は……!


「離れろ!」


 僕がそう叫ぶと同時に、ザガリアの口腔から青白い雷球が放たれた。

 それは空中で弾けると同時に、周囲へと雷撃を撒き散らした。


「あがああ!」


 流石に死に至らしめるほどの威力があるわけではないようだが、喰らってしまった者達は体が感電したのか、痺れて動けなくなっていた。


 ザガリアの前でのそれは――結局死を意味する。


『弱え……弱すぎるぞ!』


 ハルバードが薙ぎ払われ、騎狼兵のヴォルクが臓物を撒き散らしながら吹き飛んだ。


「く……そ……!」


 体が痺れ、思うように動けないツァラやウォリス。

 彼女達がやられるのも、もはや時間の問題だった。


「マズい……どうする。どうすればいい」


 この状況をどうにかできる手は何かないのか!? 

 必死に考えるも、何も思い浮かばない。


 鱗のせいで剣も槍も効かず、膂力は人を遥かに超えていてかつ武器を使いこなす技量もある。その上、相手を痺れさせる雷のブレスを吐けるなんて、あまりにチートすぎる。


 ただただ、僕の目の前で無惨に騎狼兵がやられていく。


「くそ、くそ!」


 あんなバケモノがいると知ってさえいれば……!


 そんな言い訳じみたことを言ったところで事態は好転しない。

 回避と防御に専念するツァラとウォリスに、刻一刻と死が近付いている。


「誰か、誰か……!」


 僕がそう叫んだ時――背後で閉じられていた教会の扉が開いた。


 リッカか!? と思って振り向いた瞬間。


 扉から飛び出してきたのは――コボルトだった。


「っ! 」


 僕を守っていた近衛兵がすぐに槍を構える。

 しかし――


『あ……が……』


 コボルトがバタリと倒れた。その後頭部には手斧が刺さっている。


「おいおい、私がいない間に楽しいことになってるじゃないか」


 コボルトの体を足で押さえ乱暴に手斧を引き抜いたのは、返り血で全身が真っ赤になっているリッカだった。


 凄惨な姿で、荒々しい動きなのに……なぜか僕は美しいと感じてしまった。


 「……はああ」


 ずっと詰まっていた息を、ここで僕はようやく吐くことができた。膝から力が抜けそうになるが、ここで倒れていては話にならない。


 リッカの背後を見れば、人質となっていた村人達は無事保護できているようだ。


「よし、被害は?」


 リッカが暴れているザガリアを見据えつつそう聞いてきた。


「騎狼兵が五騎やられている」


 僕の報告に頷く。


「なるほど、アレはかなりの手練れだな。オマケに硬そうだ」

「その上、痺れる雷まで吐きやがる」

「ふふふ……もしかしたら、と思っていたが……ウルは側だったか」


 リッカが僕を見て、ニヤリと笑った。

 僕が持っている? 何をだ?


「初陣で、あんな奴を引き当てているのがその証拠だ。さて、ツァラが泣きそうな顔でこっちを見ているので、そろそろ行ってくるよ」


 まるで散歩にでも行くみたいな気軽さで、リッカが一歩踏み出した。


 リッカが強いのは、何度か演習で見たから知っている。それでもザガリアに勝てるとは思えなかった。


 なのになぜか彼女なら、なんとかしてくれそうな気がしていた。


 だから僕は――


「リッカ」

「なんだ、ウル」

「約束しただろ、剣の稽古をするって」

「ああ」

「忘れないでよ。僕は君に教えて欲しいんだ」


 僕がそうリッカの背中に訴えると、彼女は何も答えず、ただ剣を抜いた。


 ああ、くそ。カッコいいな。

 なんだよ、それ。惚れてしまうだろうが。


 そうしてリッカが地面を蹴って、並走するラセツへと飛び乗った。


 そのまま、ザガリアへと突っ込んでいく。


『お、また活きがいいのが来たな! 今度はがっかりさせるなよ?』


 それを目敏く見付けたザガリアが吼える。


 剛力で振られたハルバードがリッカへと迫るが、まるでなんでもないとばかりにそれを彼女は屈んで躱した。頭上スレスレを通り過ぎる凶刃に目もくれず、手に持つ剣をザガリアへと叩き込む。


 それは完璧な一撃だが――金属音が響き、剣が弾かれる。


 硬い。あまりに硬すぎる。


『速いな。さっきのちびっこいのよりずっと速い』


 ザガリアがたった一度刃を交わしただけでリッカの実力を見抜いた。彼から、遊んでいたような雰囲気が消える。


「むー、剣では無理っぽいな。はあ……嫌だなあ」


 リッカが何度か剣をザガリアへと叩き込みながらも、なぜかラセツの上で、何かを逡巡しゅんじゅんしている。戦闘中に何を迷っているんだ。


『ちょこまかと、うざったいな!』


 ザガリアが再び雷のブレスを吐くも、ラセツが咄嗟にバックステップし、その範囲から逃れる。


 既にウォリスとツァラ達はまだ息がある仲間を連れてこちらへと退いている。


 ザガリアが連れてきていたコボルトも全滅しており、あとは奴のみ。


 つまり――リッカとザガリアの一騎打ちだ。


「うー、嫌だなあ……ウルも見てるし……」


 またなんかリッカがブツブツ言っている。


 いや今、死闘の真っ最中ですよね貴方!?


 しかし、僕のそんな思いを代弁するかのような女性の声と、ヴォルクの吠える声が重なって聞こえてきた。


『迷っている場合じゃないでしょ。残念ながら今のままじゃ負けてしまうわよ――リッカ』


 え、今、誰か喋った?


「……分かったよ、ラセツ」


 それに答えるかのように、リッカがラセツの背から飛び降りた。


『あん? なんで降りるんだ?』


 ザガリアもその動きに困惑している。


 まさかラセツと二人で戦う気か? 確かに二方向から攻めるのは良いかもしれないが、奴には尻尾もあるし、そもそもあの鱗をなんとかしないと、どうしようもない。


 しかし、僕の予想に反して――


「離れろ、ラセツ。


 リッカの言葉を受けて、ラセツが退いていく。


 ええ、どういうことだよ。

 

 そう思っていると、ようやくここまで退いてきたツァラが答えてくれた。


「……団長、アレを使う気だ。久々だなあ、見るの。わくわく」


 満身創痍ながらも、なぜかツァラはまるで子供のような眼差しをリッカへと向けている。


「いや、アレってなに?」

「上着、着ておいた方がいいよ、ウル」


 その言葉の意味が分からず困惑する僕に、ツァラはさらにわけの分からない言葉を重ねたのだった。


「――


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