第12話:さあ、交渉をしよう
そのコボルトは〝Kい$KルF#’&〟と名乗った。
非常に発音が難しいので、
「えっと、彼はキケルファという名前だって」
僕がそう説明すると、リッカが胡乱げな顔で僕を見つめてくる。なぜさっき
「コボルトの言葉が話せるなら、最初からそう言え」
「……いや、うん。ごめん」
僕だって知らなかったのだから。とはいえ、〝
これを使わない手はない。
『とにかく、話ができるなら聞いてくれ! 俺は村を襲った連中とは違う派閥なんだよ! 騙されたんだ!』
キケルファが必死にそう訴えるので、とりあえず話を聞いてみることにした。内部事情が分かれば、また攻め方も違ってくるしね
『僕はこのエリオン王国第一王子兼ヴァーゼアル領の領主であるウルだ。君の話を聞こう』
僕がそう言うと、キケルファが助かったとばかりに何度も頷いた。
『そ、そうか! 良かった! あんたが知っているかは分からないが、俺は〝
〝
竜を先祖とするコボルトには、大きく分けて二つの派閥がある。
その数は半々だというが、割合としてコボルト社会の政治を司る者達は〝
キケルファのような〝
『村を占拠しているのは、全員〝
僕がそう聞くとキケルファが首肯する。
『その通りだ。〝
だが解せない点がある。
『どうやって川を渡った。なぜ移住地を離れた』
『事情があるんだ! 最初は決して略奪が目的じゃなかった!』
『ではなぜ』
『話せば長くなるが……実は一ヶ月ほど前に、アルマ王国の役人がやってきたんだ』
その言葉を聞いて、僕は思わず反応してしまう。アルマ王国……まさか。
『アルマ王国とは友好的とまではいかないが、お互いに干渉しないことを前提とした付き合いはあった。ところが、急に奴等から色々と贈り物が届いたんだ。武器に防具……それに船。船は、俺達が最も欲しいものの一つだった』
……話が見えてきた。
『その見返りは?』
『奴等は、俺達にこう言った〝エリオン王国と交渉し、川向こうの土地の一部をコボルトに譲渡する用意がある。その前段階として、まずはエリオン王国と会談を設けるので参加してほしい〟、と』
『初耳だね』
『だろうな……。そうして俺達は貰った船で川を渡ったんだ。〝
それからの話は予想通りだった。
渡河の途中で、護衛の〝
『全部、嘘だったんだ。アルマ王国の役人は〝
『大体理解したよ。それが本当かどうかはともかくとしてね』
まあ、キケルファは嘘をついていないと思う。なぜなら彼の説明で、僕が違和感を覚えていたことに対する答えが全て出たからだ。
「ま、というわけで、結論から言うとこれはアルマ王国の策略だ」
僕がリッカ達にそう説明すると、リッカはニヤリと笑い、ウォリスは怒りを表した。
「なんて卑怯な!」
「そう? 僕は良い手だと思うよ」
もし、このイスカ村襲撃にこうして気付いていなかったら。
僕にコボルトの侵略についての情報が入ってくるのは、かなり後になっていた可能性が高い。
するとどうなるかと言うと、僕はコボルトの対応に追われることになるだろう。まだ領主となって間もない時期にこれは正直ちょっとしんどい。更に無能な領主だというイメージもつきかねない。
そうして苦労してコボルト達を討伐できたとしても、肝心の鉄鉱山の調査と、アルマ王国の侵攻に対する備えがかなり遅れてしまう。
さらに、コボルトがいくら死んだところで、アルマ王国の懐は一切痛まない。せいぜい掛かるコストは与えた武具や船の分ぐらいだろうが、稼げる時間とエリオンへのダメージを考えれば、微々たるものだ。
なるほど、素晴らしいやり方だ。
「愉快な連中じゃないか、アルマ王国は」
リッカが敵ながら天晴れとばかりに、嬉しそうにそう口にした。
「ほんとにね……でも良かったよ。まだ被害は最小限で抑えられるし、アルマ王国を糾弾できるネタが増えた」
「すぐにイスカ村を奪還しましょう! その後、国王を通して正式に抗議を!」
さっきまで渋々といった様子のウォリスが気炎を上げている。
「もちろん、奪還するとも。だけどもこれは逆に利用できるかもしれないな」
不安そうな表情を浮かべるキケルファを見て、僕は思わず笑みを浮かべてしまう。
この状況。〝
だから僕は彼に微笑みながら、こう彼に言い放ったのだった。
『キケルファ――交渉をしようか」
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