第11話:〝隔たる前の言語〟
「はあ……分かりましたよ。ただし、リッカ様と殿下はここで待機ですよ。私と近衛隊でこの馬車を護衛、ヴロスアングは村の奪還。そういう役割分担です」
ウォリスがそう提案するし、それは間違いなく正論なんだけども。
「ええ……私が団長だぞ。私が行かずして誰が行く」
「僕もヴロスアングの戦いを直接この目で見ておきたい」
などと文句を言う僕達だった。
「ですが……」
食い下がろうとするウォリスだが、僕もリッカも引く気はない。
「ほう、ウルも戦場に出るのか」
「見るだけだよ。足手纏いになるだろうし」
「戦争が嫌いだと言っていた腰抜けではなくなったようだな」
「嫌いなのは変わらないよ。嫌いでも目を逸らせない立場なだけ」
なんて会話を聞いて、ウォリスが頭を抱えている。
「いやいや……万が一何があった場合どうするつもりですか……」
「万が一なぞない。心配ならお前がウルを守ればいい」
リッカがそう言い放った。ま、その辺りが妥協点だろう。
「その方が安心だね。頼めるかい? ウォリス」
「はあ……。本当に殿下は……私は嬉しいやら悲しいやらで複雑です」
ウォリスがため息をつき、折れてくれた。これまではこういう荒事というか戦事から逃げてばかりいた僕が、積極的になっていることを喜んでくれているのだろうけど……ちょっと無理を言いすぎたかな?
とはいえ将来のことを考えると、この程度のことで怯えているようじゃ話にならない。
僕は……変わらないといけないんだ。
「よし、まずはイスカ村の状況を探ろう。リッカ、斥候は?」
「もう出している。そろそろ報告があるだろうさ」
なんて言っていると、ヴォルクに乗った傭兵の一人がこちらへと走ってくる。そのヴォルクの背には何やら乗せている。
「団長……見てきたよ」
そのヴォルクに乗っていた戦士は、見ればリッカとそう年が変わらないぐらいの少女だった。背が低く体も華奢で、身軽な格好に武器はナイフを二本のみ。銀髪のショートカットが良く似合う中性的な顔付きをしている。
「ご苦労、ツァラ。で、それは?」
リッカが渋い顔で、その少女――ツァラの後ろにあるそれへと視線を向けた。
「一人でうろついていたから捕まえた。尋問した方が早いと思って……ほめてほめて」
ツァラが嬉しそうにそうリッカに報告するも、リッカの顔には苦い表情が浮かんでいる。
それも仕方ない。
なぜならそこにいたのは、縄で縛ばられた白い鱗に覆われたトカゲ顔の男――コボルトだ。なぜ男か分かったかというと、コボルトは男性にしか角が生えず、その頭部に小さな二本の角があるからだ。
「……いやいや! コボルトなんて生け捕りにしたところで――言葉が通じませんよ! 尋問しようがありませんって」
ウォリスが思わずそう叫んでしまう。うん、そりゃあそうだ。
コボルトは種族的に、今僕達が使っているこの大陸北部の一般的な言語である
そのせいもあって人類とコボルトは対話が成り立たず、古よりずっと争い続けている。とはいえ現代では人類の方が遥かに優勢であり、コボルトは決められた移住地でしか生きられなくなりつつあった。
「ん……低地の貴族や王族は色んな言葉が喋れるって……団長が」
褒めてもらうつもりだったのに、どうにもそうならなさそうなことに焦り始めたツァラが、助けを求めるようにリッカを見つめた。
「って、ウルが言ってた」
リッカが光の速さで僕に責任転嫁しやがった!
「いやいや! そりゃあ外交のために〝
まだどれも手を付けられてないよ! そもそも
「ん……じゃあ……殺すね」
ツァラが何の迷いもなくナイフを抜いた瞬間、殺気を感じたのか、気絶していたらしきコボルトの男が目を覚ました。
そして口を開く。
『……っ! こ、殺さないでくれ! 俺は違うんだ!』
え?
今このコボルト、普通に喋らなかった?
「ばいばい」
ツァラがナイフを男の首へと走らせる。
「待って!」
僕は思わずそう叫んでいた。なぜかは分からない。
しかし、リッカがそれに素早く反応する。
「――ッ!」
まるで魔法のようにいつの間にか剣を抜いていたリッカが、ツァラのナイフをギリギリで、弾き飛ばした。
『ひ、ひぃいいいい!』
まさに首の皮一枚で死を免れたコボルトが悲鳴を上げる。
いや、おかしい。
確かに声とも鳴き声ともつかない音を彼が発したのは聞こえた。それにどんな意味が込められているかまるで分からないのに――なぜかそれが言葉として聞こえてくる。
二重音声を聞いているような感覚。
なんだこれは。
「どうした、ウル」
リッカがそう聞いてくる。
「いや、今このコボルト、喋らなかった?」
僕がそう聞くと、その場にいた全員が訝しげな顔をする。
「何か言葉を発してはいたが、まるで理解できなかったが」
「ええ、私もそうでした」
「コボルト語はさっぱり」
リッカ、ウォリス、ツァラの言葉を聞いて僕はやはりか、と確信する。
このコボルトの言葉は――僕にしか理解できていない。
『な、何が起きているんだ……俺は死ぬのか』
コボルトが再びそう声を出した。リッカ達の反応を見るに、やはり理解できている様子はない。やはり彼は
まさか。
僕は怯えているそのコボルトの目――縦長の瞳孔をジッと見つめ、声を出す。
『お前は……誰だ』
僕のその言葉を聞いて、その場にいた全員が驚いたような顔をした。
誰よりも驚いていたのは、このコボルトだろう。
『な、なぜ人間が俺達の言葉を……』
そう返してきたので、僕は確信する。
やはりだ。僕の言葉が通じている。
つまるところ僕は――勉強すらしたことのない、未知の言語である
「これは……」
思い当たる節が一つだけある。【ドラゴンの王座】には、ゲームでよくあるスキルの代わりに特性という概念がある。
それぞれのプレイアブルキャラやNPCの個性付けとして使われている特性は、細かく分けると三百種類以上あり、先天的なものから後天的なものまで様々だ。
その中には特に稀少な特性があって、超低確率でしか起こらないランダムイベントの報酬や、複数の特性を持つキャラから遺伝させることでしか手に入らないものがある。
そんな言わばSSRな特性の一つにこんなものがあった。
本来なら一定数値の知能と時間経過が必要な言語習得を省略して、あらゆる言語を予め習得した状態になり、外交のパラメータに大幅な補正を掛けるある種チートな特性――〝
僕はどうやら……この特性を所持しているみたいだ。
こうして――後に僕が多種族国家を造り上げるきっかけとなる、コボルト族との出会いと、そして戦いが始まろうとしていた。
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