第52話:番いの獣
なんやかんや王城で一週間近く過ごした僕は、途中でイスカ村に寄ってナナルカ達を降ろして、ようやくヴァーゼアル領へと戻ってこれた。
「色々大変だったそうですね」
戻ってきて僕を、ジルの父親でありこのヴァーゼアル領の元領主であるエラルドが笑いながら出迎えてくれた。
「すみません、色々と任せっぱなしで。それにコボルトの件についても」
僕はそうエラルドへと謝罪する。僕がいない間にこのヴァーゼアルの領主代理としてあれこれ動いてもらっていた。
さらにコボルトの〝
信頼されていない、と思われても仕方ない。
「あはは、構いませんよ。領主代理に関しては娘が頑張ってくれましたので、私はほとんど何もしておりません。コボルトの件も、事情は分かっておりますから、秘密裏にしていたのも理解できます」
そうあっさりとエラルドさんが許してくれた。ありがたい話だが、僕としては少しだけ気になることがあった。
それはアイナが残した資料――僕はアイナレポートと呼んでいるのだけども、その中で、このエリオン王国の主要貴族達の派閥について詳細に書かれていた。
貴族達は大きく分かれて三つの派閥に分かれている。
まずは国王である父や僕の味方である、王族派。
逆に王族派に異を唱え、公爵であるレヴンを主とする、公爵派。
そして、そのどちらにも属さない、中立派。
当然エラルドさんは王族派だと思っていたが、なぜかアイナレポートでは中立派と書かれていた。
公爵派じゃなかっただけ良かったのだけども、王族派でないことを無視することはできない。それはつまり、父を……というより僕をまだ信用できない、と判断しているということになる。
なればこそ、ここから先は慎重に接する必要が出てくるのだ。
獅子身中の虫に成り代わるかもしれないし、上手くやれば王族派になってくれるだろう。
ああ、本当にめんどくさい。王族ってめんどくさい。
僕はエラルドさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、さて、どうしたものかと考えていた。
領主代理をジルに任せていたという話からして、もしかしたらジル次第なのかもしれない。
「ジルはどうしていますか」
僕がそう尋ねると、エラルドさんが疲れた顔でため息をついた。
「殿下が例の武器の量産を任せてからというものの、ほとんどこの館に帰って来ずでして……」
「帰ってこない?」
「館まで帰ってくる時間も惜しいって言ってましてね……執務も街の方でやっているようで。困った娘です」
エラルドがなんとなく恨めしいような目で僕を見ている気がする。
なるほど、娘を取られたような気分ということなのかな?
「あはは……すみません。ジルには後で会ったらちゃんと帰るように言っておきます」
「もう全然、私の言うことを聞かなくてですね。きっと殿下の言葉になら耳を傾けるでしょうから、よろしくお願いいたします」
と丁寧にお願いされたので、僕は執務もそこそこにリッカと共にハルセアの街へと出ることにした。
ちなみにフュゾルカはというと、慣れない長旅に疲れたのかこの館に案内した途端、寝てしまった。なんともマイペースな人である。人じゃないけど。
ま、館の周囲を
「なんだか、こうやって二人で話すのも久しぶりだな」
ハルセアの街へと歩きながら、リッカが悪戯っぽい笑みを僕へと向けてくる。
「最近、すれ違いが多かったもんなあ」
リッカはコボルトの護送を指揮していたし、僕はあれこれ王都で手回し根回し、それにフュゾルカの接待で精一杯だった。
「長とはそういうものだ。私もウルもそういう立場だ」
「まあね。でも、少し疲れるよね……お気楽王子でいた方が楽だったかもしれない」
僕が思わずそう本音を言ってしまう。
「そうであったら、私と結婚していなかったぞ? ジルともアイナともナナルカともフュゾルカとも会えてなかったかもしれない」
僕は前を向いたままのリッカの横顔を見つめた。やっぱり何回見ても綺麗な顔だ。それだけでなぜだか励まされるから、僕はなんとも単純な男だ。
「……うん。それはその通りだ。よし、愚痴は終わり」
状況は決して良いとは言えない。それでも、僕はきっと運が良い方なのだろう。リッカと出会えたのが、その何よりの証拠だ。
「愚痴ならいつでも聞いてやる」
「ありがとう」
「それも良妻の務めらしいからな。仕方なくだ」
そう言いながら、リッカが僕へと悪戯っぽい笑みを向けてくれた。
うーん、これは惚れてしまう。
なんだか、良い雰囲気になりつつあるな……そう思っていたら。
「そうだ、喜べウル! 銃の量産がどうなったかは分からないが、
……これである。
そう! 僕がいまだにリッカとピュアな関係を築いているのは何も僕がチキンでチェリーなせいだけではないのである!
なんだか良い雰囲気になっても、リッカはすぐにこういう話を嬉々として話したがるので、なかなかなんかこう踏みこめないのだ。
今も僕がちょっとでも頷けばすぐにでも、銃を手に取って略奪しに行くだろう。
いや、
「絶対にダメだよ。
「そうか……だが実戦を経験しないと、いざという時に役に立たないぞ。
「……合理的なのか分からないけど、物騒すぎる一族だな、ほんと」
「そうと知ってて同盟を結んだのだろうが」
「はい、仰る通りで。心配せずとも、機会は間もなくやってくるよ」
僕がそう告げるとリッカが、それはそれは、とばかりにニヤリと笑った。餌を待っていた狼のような顔で彼女が、それを口にする。
「戦争か」
「というよりも、小競り合いかな。アルマ王国の思うとおりにはやらせたくないからね。アルマ王国に侵略をさせないためにも――さっさと膿は出した方が良さそうだと判断した」
「つまり?」
「公爵派の反乱を意図的に早める。こちらから動くわけにはいかないので、あくまで向こうから自主的に反乱してもらう。アルマ王国の侵略と足並みを揃えられると流石に詰むからね」
今、僕がもっとも恐れているのが、アルマ王国のヴァーゼアル領侵略と、公爵派により内乱が、同時期に起こることだ。
こうなったらもはや手が付けようがない。詰みと言ってもいい。ゲーム内でも僕がよく使っていたやり方だ。
敵国で内乱を起こし、ぐちゃぐちゃになったところで一気に攻める。
だけどもこうしてやられる側に立つと本当に面倒だし、やめてくれと叫びたくなる。
叫んだところで、現実は何も変わらない。
なので動くことにした。
「まず、アルマ王国の侵略時期をずらす。これについては緑王国の協力でなんとかなるかもしれない。同時に国内で動いて、公爵派にさっさと反乱させる。流石に何もなしで公爵を捕縛するわけにはいかないし、他の貴族の手前もある」
「なるほど。だが公爵がアルマ王国と通じているというのなら、そこは当然、反乱する時期を合わせてくるんじゃないか」
それはもちろんその通りだ。アルマ王国が侵略時期をずらしたら、当然レヴンも反乱を延期しようと考えるだろう。
「それはあくまで、レヴンは、の話だね」
「ほう?」
「公爵派は、彼の涙ぐましい努力のかいもあって今はかなりの数に膨れ上がっている。僕らエリュシオン王家に対する不満を煽っているせいもあるのだろうね。結果として、彼は大量の火種を抱えてしまった。おそらくアルマ王国の侵略のタイミングと合わせて着火させるつもりだろうけど――」
「なるほど……こっちで勝手に火を点けてしまうわけか」
僕はそれに直接答えずに、首肯だけする。
リッカの言う通りになれば、おそらくレヴンは制御しきれずに反乱が起きてしまうだろう。
そこを叩けばいい。
どこで火が、いつ上がるのかさえ把握していれば、鎮火はさほど難しくない。
「私はね、そういう顔をしている時のウルが好きだよ。羊みたいなフリをしているくせに、時折そうやって牙を見せる、その顔がね」
「……そんな顔をしてる?」
まるで獣じゃないか。
「してる。だから好きだし、ついていくと決めた。ふふふ、楽しみにしておくよ。戦争をしないための戦争とやらをな」
そう言って、リッカが駆け出した。
ハルキアの街の門の前にはジルらしき姿が見える。
さて、銃の量産がどうなったか、楽しみだ。
そんなことを思っていると、チクリと胸が痛くなる。
〝お前はあれらを所持してなお、戦争しないでいられるのか〟
そんな言葉が脳裏をよぎり、僕は少しだけ反省する。
「戦争をしたいわけじゃない。向こうから勝手にやってくるんだよ……」
そんな言い訳がましい言葉が、風と共に消えていく。
僕がしっかりしないと。改めて、そう思ったのだった。
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