間話

第30話:追う者と捕らわれた者(間話)


 リベレス川、西岸。

 既にアルマ王国の領土であるそこを、三つの影が走る。


「本当にこっちなのか!?」


 それはリッカ達だった。リッカ、ツァラ、キケルファそれぞれ三人の顔には、焦りの表情を浮かんでいる。


 船が爆発して、意識が飛びそうになりながら川へと投げ出されたリッカだったが、普段の訓練のおかげなのか、すぐに意識を取り戻した。


 しかしいくら探せども、ウルは見付からなかった。


 アイナも同様だ。

 ならば考えられることは一つしかない。


 あの爆発もアイナが仕込んだもので、彼女によってウルが掠われてしまった。


「くそ……!」


 悪態をつきながらも、リッカは対岸に上がるとすぐに川沿いを捜索しはじめた。しかし上がった場所が違うのか、やはりウルもアイナもいなかった。


 その時、キケルファが遠くで銃声が聞こえたと言ってきた。


 ここから随分と北の方だが、リッカはウルだと確信し、こうして走ってきたのだが――


「あれは確かに銃声ダった。もしかしたラ、戦闘中かもしれない」

「すぐに助けないと!」


 キケルファとツァラがリッカの後に続く。

 先頭を走るリッカの表情には、後悔が滲んでいる。


 完全にあの暗殺者を舐めていた。

 自分で、〝相手は待ち構えていた〟なんて言ってたくせに、船に細工があることに考えが及びもしなかった。


 全て、自分の責任だ。


 ウルを護ると言ったはずなのに。


「……っ!」


 リッカが何かを見付ける。

 それは岸から少し上がったところにあった。


 焚き火の跡、無数の足跡。血痕。


「見ロ、これは銃弾じゃないカ?」


 キケルファが地面に散乱する銃弾を一つ拾って、リッカへと見せた。


「間違いない。この口径はウルのやつだ」

「ん、でも撃ったあとの薬莢ならともかく、なんで銃弾が?」

「解らなイ……が、まだウルは生きている可能性がある」


 さっきの聞こえた銃声は一発。落ちている銃弾は五発。一発撃ってから、何か理由があって残りをここに捨てたのだろう。


 あるいは自分はここにいた、とこちらに教えるためにわざと残したのかもしれない。


「だが……厄介だな」


 リッカが地面に残った足跡を調べながら、苦々しい声でそう言い放った。


 足跡が入り乱れているが、一つはウルので間違いない。もう一つの女性のものらしき足跡はアイナか。


 だが問題はそれ以外のものだ。


「これ、コボルトの足跡だよね」


 ツァラの言葉を、キケルファとリッカが首肯する。


「なぜ、ここに……と言いたいところだが」


 リッカは船上でのアイナの言葉を思い出していた。


 コボルトの反乱。川沿いは危険だという忠告。


 あれが嘘だった可能性も否定しきれないが、この状況からしておそらく真だと推測できる。


「多分だが……アイナは何か理由があってウルと共にここに上陸し、焚き火で服を乾かしていた。そこでウルと揉めて……あるいはコボルトが襲撃して戦闘に。結果、二人は連れ去れた――そんなとこだろう」


 この場以外にウルの足跡がない時点で、自力で逃げたとは考えにくい。おそらく、担がれたか何かして連れ去れたと、リッカは推測していた。


「だとシたら……冥竜派アトセルの仕業で間違いない」

「早く助けないと……食べられちゃうかも?」


 ツァラがしれっと恐ろしいことを言っている横で、リッカが足跡が続いている方を睨み付けた。


「追跡しよう。幸いウルはコボルトと会話ができる。あいつのことだ、なんとかかんとか言って、粘るに違いない」

「それは同意するガ――もし相手が冥竜派アトセルとなるト、前のようにはいかないゾ。もはやここは既に……奴等の縄張りダ」


 リッカがキケルファの言葉を聞いて頷く。


 そんなことは百も承知だ。


「いずれにせよ、ウルの安否を確認しないことには話にならない。もはや、この状況で叡竜派ファルセンとの会談なんてもう無理だろう」

「ん、了解」

「分カった」


 リッカは落ちていた銃弾を全て丁寧に拾うと、二人へと視線を送り、慎重に足跡の方向へと歩み始めた。


***


 丁度リッカ達がいる場所から、北西へと数キロほど行ったところにその村はあった。


 ここは元々、叡竜派ファルセンの居住地であった。しかし冥竜派アトセルがアルマ王国に対し武装蜂起した際のどさくさに紛れて、彼らによって占拠されてしまった。


 気付けば、そこは叡竜派ファルセンの中枢を担うコボルト達や、食料扱いとなる周辺に住んでいた人間達の収容所となっていた。


 そんな村の一番最奥にある、木でできた粗末な檻。


 他の檻には、人やコボルトが詰められているのに対し、なぜかそこには一人の女性しか収容されていない。


 赤い鱗に白がところどころ混じり、ウルが見れば〝錦鯉かな?〟とでも表現しただろう美しい姿。スラリとした体型はしかし、人の姿と少しかけ離れている。


 彼女の名は――上顎語アッパージャーニッシュ風に発音すれば、ナナルカとなる。


 長く細い尻尾。

 女性のコボルトにも関わらず、まるでティアラか王冠のように頭部に生えている角。

 何より、前傾姿勢の獣じみたスタイル。

 

 彼女はただのコボルトではない。

 ナナルカは――だった。

 

「はあ……困りましたねえ」


 檻の中でナナルカが艶っぽいため息をつきながら、外を見つめた。

 彼女の口から発せられたのは、この大陸北部の王侯貴族すらも舌を巻くほどの、綺麗な上顎語アッパージャーニッシュだった。


 その時点で、彼女がコボルト族の中でもかなり高い地位にいる存在であることが窺える。


「せっかくのキケルファからの提案が……このままでは水の泡です」


 彼女が口を開くたびに、この檻の前で警備している冥竜派アトセルのコボルト達がビクリと体を震わせた。


 理由は一つしかない。


 そもそもハイコボルトに対し、このような檻は全くの無意味であり、今こうしてナナルカが大人しく捕まっているのは、全ては彼女の意志によるものだからだ。


 つまりやろうと思えばいつでも彼女は脱出できるし、ただのコボルトである自分達なんて瞬きしている間に殺せ得る力を持っている。


「どうしましょうか……」


 しかしナナルカもまた困っていた。


 自分一人のことを考えれば、ここから出るのは容易い。死闘になる可能性も高いが、この村にいる冥竜派アトセルを全滅させることも可能だろう。


 だけども彼女の立場上、それは許されないことであった。


 とはいえこのまま〝尻尾を咥えて待っていても〟、状況が悪化していく一方なのは分かっていた。


 とはいえじゃあどうすればいいかも分からず、結果としてこうして大人しく、ああでもないこうでもないと檻の中で考え続けるしかなかった。


 早くなんとかしないと――アルマ王国のみならず、敵に回してしまう。


「はあ……どうしてこうなったのでしょう……」


 困り果てたナナルカだったが、彼女のいる檻の前がニワカに騒がしくなる。


『お、おい、そいつらをここに入れるのか!?』

『だってよ、このガキが〝〟って言うからよ……王族はこっちの檻だろ? だから従者らしき女と一緒にこっちに入れろって』

『そうだけど……大丈夫なのか?』

『知るかよ。そういう命令なんだよ』


 何か、コボルト達が揉めている。


「あら?」


 結果として檻の扉が開き、一人の少年と女性が檻の中へと入れられた。


「アイタタタ……乱暴だなあ」


 紫に近い黒髪の少年が乱暴に床へと落とされたことに愚痴をこぼしながら立ち上がった。


「……驚いたよ。まさか本当に竜人語ドラグニアが話せるとはね。あんた、さっきの武器といい、何者なんだい」


 従者というわりには偉そうな口調の女性が、その少年へと訝しげな視線を送る。


「それはこっちのセリフだよ。こっちはもう手を晒したんだから、次はそっちの番だからね」


 なんて会話をするその二人を見て、ナナルカは笑み――人から見ると、少し怖い顔つき――を浮かべ、二人へとこう声を掛けたのだった。


「こんにちは、人間さん。私はナナルカです。あ! 怖がらないでくださいね! こう見えて私は――叡竜派ファルセン。きっとお二人の……味方です」

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