第29話:流されて、対岸


「ゲホッゲホッ!」


 目を覚ますと同時に、僕は水を吐いた。


「お、生きてた」


 なんて声が聞こえてきて、僕は一気に覚醒する。


 そうだった。僕は船から川の中へと引きずり込まれて、そのまま気絶したんだった。


 僕は無意識で腰の特注のホルスターへと手を伸ばしながら、素早く周囲を確認する。


 服の濡れ具合からして、岸に上がってからさほど時間は経っていない。おそらくリベレス川からそう離れてはいないだろう。


 目の前には焚き火。その向こう側にいたのは、やはりあの暗殺者――アイナだった。


「あっさり気絶したおかげで、あまり水を飲まずに済んだのが幸いしたねえ」


 なんて言いながら、アイナが笑った。


 僕はゆっくりとホルスターから――護身用にと持ってきた回転式の拳銃を抜いた。構造上、水没しても撃てるのは既に検証済みだ。


「ん?」


 アイナがそんな僕の動きを不審に思うも、動く気配はない。僕からすると違和感しかないが、彼女は銃の存在自体を知らないので無理はない。


 何も知らないものが見れば、これは武器には見えないだろう。


「他の者はどうした」


 撃つのは簡単だ。だけども、その前に現状把握が必要だった。


 それに……良く見れば、アイナの首には、ツァラに斬られたはずの傷が見当たらない。

 治癒魔法であっても、この短時間で傷が見えなくるほどに治癒させることは不可能だ。


 だとすれば、どうやって。


「さあね。殺傷できるほどの爆発じゃないから、生きてはいるだろうけどさ。少なくともこの周囲にはいないと思うよ?」


 やはりあの爆発は彼女の仕込みだったか。


「船に予め仕込んでいたのか」

「まあね。特注の魔法爆筒だよ。嫌がらせにはなっただろう?」


 そう言って、アイナがニヤリと笑った。ああ、本当にその通りだよ。


 魔法爆筒といえば、確かアルマ王国が開発した爆薬をつかった、前世でいうダイナマイトに近いものだ。魔法によって生成された火薬を使っているので、雨天時や水中でも使えるのが特徴だったと記憶している。


「そうか、あの紐か」


 そこで僕は思い出した。そういえばアイナは落ちる時に謎の紐を掴んでいた。


「正解。あれを引っ張ると船底の一部が壊れて、さらに魔法爆筒が起爆する仕組みさ。まあ多少の時間差はあるけども」

「狙いは僕の命だね」

「その通り」


 だとすれば、この状況は妙だ。


 だって僕を殺す機会はいくらでもあった。あのままほっとけば死んでいただろう。なのにわざわざ岸に引き上げて、こうやって焚き火にまで当ててくれている。


「なんでまだ殺さないんだ、みたいな顔をしているね」

「どんな顔だよ」

「いつでも殺せるから……というのもあるけど、まあ一種の保険だよ。なんせがこの辺りをうろついている可能性があるからね」


 アイナさんがニヤリと笑った。その言い方からして、おそらくリッカ達のことを言っているのだろう。


 だけどもやっぱり何か変だ。


「でも流石に、拘束すらしていないのは舐めすぎでは?」

「武器も持たない、武芸の心得もないあんたに対する正当な評価だと思うがね」

「本当にそうかな?」


 僕は拳銃を構えた。射撃訓練をしていたのは、リッカ達だけじゃない。


 銃の最大の利点は――剣も振るえない、弓も扱えない僕のような人間でも、簡単に人を殺傷できる力を得られる点だ。


「それはなんだい?」

だよ。取り上げなかったことを後悔しなよ」


 僕はゆっくりと銃口をアイナさんの体の中心へと向けた。いきなり頭や心臓を狙うなんて、素人の僕には無理だ。


 だけども体の中心なら、多少外れてもどこかに当たる。当たれば、逃げる隙ができるかもしれない。


「それが武器、ねえ。まあなんでもいいけど、どうせあたしには

「ああ、そう」


 妙に頭が冴えていた。今から人を撃つというのに、なぜか僕には躊躇いがなかった。


 ああ、そうか。多分僕は……怒っているんだ。自分の不甲斐なさと、目の前の相手に。


 だから――怒りを込めながら、僕は引き金をゆっくりと引いた。


 轟音。衝撃。


 アイナの驚いたような顔。


 この距離で流石に外しはしないが、思ったより右にブレて、銃弾が彼女の左脇腹を掠って後ろの木へと命中する。


「なんだ……それ」


 アイナさんが膝をついた。その左脇腹に血が滲む。


「さっきも言ったろ、武器だよ」

「なぜ、なぜ――!」


 そう叫びながら、なぜかアイナは笑っていた。

 なぜ痛い? そりゃあ銃弾が掠れば痛いでしょうよ。


「あはははは! 見付けた! !」


 アイナが服をめくり、見るからに痛そう銃創を見て、歓喜の声を上げた。


 怖い。凄く怖い。

 なんでこの人は――傷付けられたことに喜んでいるんだ?


「それはなんだ。武器なのか? 魔法か? 教えろ、教えろ!」

 

 アイナさんが、血走った目で、僕へと迫る。

 その鬼気迫る表情に、僕は怖じ気づいてしまう。


 なんなんだよ、こいつ!


 僕がもう一度、引き金を引こうとするも、手が震えて照準が定まらない。


「やっとだ……やっと見付けた! あたしを殺し得るものを! !」


 気付けば、アイナはすぐ目の前にいた。あまりに動きが速い。

 ああ、マズい。そう思った瞬間、彼女が僕を地面へと押し倒した。


「その武器を寄こせ。使い方を教えろ」


 狂喜に飲まれたアイナの尋問に、僕はこう答えるしかない。


「嫌だ」


 僕は押さえ付けられた腕で必死に銃のシリンダーをスイングアウトし、銃弾を地面へと落とす。


 銃の知識のない相手であれば、これだけでおそらく使い方が分からず奪われても無効化できる。


「なら、拷問するしかないな」


 そう当然とばかりに言うアイナの目は本気だ。


 拷問なんて嫌すぎる。


 ならばどうすべきか。

 僕は必死に頭を回転させる。


「拷問? そんな暇ある? まさかさっきの攻撃が、ただ殺傷させることだけが目的だとでも?」

「どういう意味だ」 

「わざわざあんな轟音が鳴る意味を考えれば分かるさ」


 銃声。

 それをそうと認識できるのは、当然、銃を知る者だけだ。


 つまりさっき僕が撃った時点で――もしリッカ達が近くにいれば、すぐにそれが銃声だと分かるはずだ。


 そしてこの世界で、銃を撃てるのは少なくとも今は僕らだけだ。


「なるほど……仲間を呼んだんだね。やるじゃないか」

「だからさっさと降参した方がいい。その傷、痛そうだよ」


 僕は膝を思いっきり上げて、銃創があるアイナの左脇腹へとぶつける。

 彼女が怯んだ瞬間に、僕は自由になった右手で、掴んでいた拳銃を彼女の頭に打ち付ける。


「あぐっ」


 拘束がほどけたので僕は横に転がり、立ち上がる。腰のポーチから冷静に銃弾を取り出し、シリンダーへと装填する。


 次は外さない。僕はその銃口を、アイナの額へと押し付けた。


「形勢逆転だね。答えろ、お前の雇い主は誰だ」


 僕がそう聞くと、やはりアイナは笑っていた。

 まるで撃ってくれと言わんばかりの顔をしている。


「あはは! 本当に形勢逆転かな。どちらかと言えば――、じゃないか?」


 そんなアイナの言葉と同時に――背後に気配。


「……ああ」


 茂みからぬるりと出てきたのは――リッカでもツァラでも、そしてキケルファでもなかった。


『おい、なんだこいつら』

『爆発音がしたぞ』

『……人間か。連れていけ』

『了解だ』


 それは――完全武装した、コボルトの群れ。


 状況は、依然として最悪のままだった。




*作者からのお知らせ*

次話は間話となり、その次から新章となります。


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