第28話:強襲

「トドメは?」


 ツァラがナイフについた血を拭きながら、リッカへとそう問うた。


「いらんだろ。あの出血量では生きてはいない。念の為紐は切っておけ」

「あのナイフ、団長に貰ったやつでお気に入りだったのに……あいつに刺さったまま」


 ツァラがそんなことを言いながら、アイナが掴んだまま沈んでいった、あの紐を切った。


 これ、何の紐なんだろうか。


「また、あげるから」

「うん」


 なんて二人がほのぼのした会話をしているけどさ。

 

 僕は怖くて足も動かないし、声も出ない。

 やっぱり彼女達とは住んでる世界が……違いすぎる。


「大丈夫か、ウル」


 リッカが船底に座り込んでしまった僕へと手を差し伸べた。


 分かっている。彼女達がおかしいんじゃない。


 むしろ、変わるべきは僕の方だ。


「……大丈夫。びっくりして腰が抜けただけ」


 リッカの手を借りずに立ち上がる。それを見て、彼女は満足気な笑みを浮かべた。


「ならいいんだ。だが、早く慣れた方がいい。もうウルはそういう立場にいる」

「分かってる。ごめん、僕の考えがあまりに甘すぎた。キケルファも腕は大丈夫?」


 僕を庇ってくれたキケルファにそう問うと、彼は黙って頷いた。見れば服は斬れているが、その下の鱗は無傷だ。


「しかし、まさかいきなり襲ってくるなんて」


 アルマ王国も本気だ。


「そうかもしれないが……流石に動きが早すぎるな。もう刺客を送ってくるとは」


 まさかアルマ王国側に既に僕の動きが漏れている?

 そうとしか考えられない動きだ。


「間者が既に入り込んでいるかもしれない」


 僕がそう漏らすと、リッカがそれを否定する。


「どうだろうな……今回のアルマ王国潜入について、知っている者は限られているだろ?」


 確かにその通りだ。

 今回、緑王国に外交のために向かうことは当然、周囲には伝えてある。

 ただキケルファを連れてのアルマ王国潜入および〝叡竜派ファルセン〟との接触については、知っている者はかなり少ない。


 ジルとヘラルドにすら言っていないほどだ。


「ん、じゃあ、たまたまってこと?」


 ツァラがオールで船を漕ぎながら、そう聞いてくる。


「流石にそれはないな。ただ、こちらの動きを読んでというよりは……」


 リッカが思案しつつ、再び口を開く。


「待ち構えていた、という方が正しいか。さっきの女も、船に乗る前から観察していたが、周りの渡し守とよく馴染んでいた。あれは昨日今日紛れ込んだものじゃない。まあ、多少は怪しかったけどな」


 なるほど。僕が今日ここに来ると分かっていたわけではないけども、もし僕が船を使って渡ろうとするなら、すぐに行動できるようにしていたというわけか。


 いや待て。


「多少怪しかったって、今言ったよね?」


 と僕が確認すると――


「うむ。明らかに素人じゃない、姿勢と歩き方だった」

「ん、人を多分いっぱい殺してる臭いがした」


 なんて二人が今更言いやがる。


「いやいや、そうなら先に言ってよ!」

「下手に教えたら、ウルは変に警戒するだろ? そうしたら、あいつも動かなかったかもしれない。そうしたら後からもっと面倒なことをしてくるかもしれない。なら、ああやって泳がせといて、襲わした方が……


 なんて言って、リッカが笑った。

 ああ、ダメだ。完全に僕は人選を間違えた。


 リッカは確かに強い。驚くほど強い。だけども人を護るという点では致命的に向いていない。


 なぜなら彼女は自ら状況を悪化させて笑うタイプだからだ。

 

「……リッカ」

「なんだ」

「次からはちゃんと警告して。できれば荒事は避けたいんだ」

「……分かったよ。そんなに怒るな」

「怒ってない」

 

 なんて言い合っていると、ツァラとキケルファが、〝またいつものやつか〟、みたいな呆れ顔になっている。


 重要な意識の擦り合わせを、ただの夫婦喧嘩扱いするのやめてくれる?


「とにかく今後はアルマ王国には情報が漏れていることを前提に動く必要があるね。だから無茶しないでよ、リッカ」

「分かったよ……これから怪しい奴はとりあえずすぐに斬るから」

「それがダメだって言ってる! ただですら目立つんだから!」


 もうやだ、この蛮族嫁。


 僕がそう心で嘆いていた――その時。


「あれ?」


 ツァラが不思議そうな声を出した。


「ん?」


 そこで僕もようやく気付く。なんか船底に水が溜まってない?


「殿下、嫌な予感ガする」


 そうキケルファが言った瞬間――背後に気配。


「え?」


 気付けば僕は――水の中へと引きずり込まれていた。


「っ! ウル!」


 リッカが咄嗟に僕へと手を伸ばすも、次の瞬間に――


 響き渡る轟音。衝撃。


 なんだ!? 何が起きている!?

 

 爆発のせいでリッカ達も吹き飛ばされ、船が半ばからぽっきりと折れていくのを見つつ――僕は必死に顔を後ろへと向け、僕を水中へと引きずり込んだものの正体を確認する。


 そこにいたのは。


 黄土色の髪の女――アイナだった。


 なんで、生きている。


 首をナイフで斬られて生きているはずがない。そもそも、もう血すら出ていないぞ。


 まさかさっきの爆発は彼女の仕込みか?


 様々な疑問が浮かんでは消え……僕は、アイナの腕の中で気絶してしまったのだった。

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