第27話:渡りに船は、ご用心


リベレス川下流。

流れは比較的緩やかだが、川幅は広い。


月光の下を、僕達を乗せた渡し船がゆっくりと進んでいく。船首にあるカンテラと月明かりだけが光源で、川は黒く、吸い込まれそうだ。


「あっはっは! お客さん、何やらワケありみたいだね!」


 黄土色の髪を風でなびかせながら、この渡し船の船長である背の高い女性が僕達を見て、豪快に笑った。


 まあ彼女がそう言うのも無理はない。


 なんせ護衛としてついてきたリッカとツァラはともかく、僕とキケルファはフードを目深に被っていて、いかにも怪しい一行に見えるからだ。


 ちなみにリッカの相棒であるラセツと、ツァラのヴォルクは別行動である。流石にヴォルクを船に乗せて渡っていたら目立ち過ぎる。


「それでも乗せてくれたことは感謝しますよ、アイナさん」


 僕はその渡し守の女性――アイナに感謝を告げておく。なんせリッカとツァラは目立つのに顔を隠くしたりするのを嫌がるので、他の渡し船は怖がって乗せてくれなかったからだ。


 アルマ王国側の国境沿いはこちらと違ってかなりしっかりと警備されている。なので市井の人々に交じって夜のうちに通ろうと、あえて船を用意していなかったのが裏目に出てしまった。


 見立てが甘かったなあ……と旅が始まって早々、途方にくれていた僕に〝私の船なら出せるよ〟と声をかけてくれたのがアイナだった。


「あはは、気にしないで! その分、お金は貰っているわけだし」

「助かります」

「こんな夜更けに氷狼族ジーヴル連れて、アルマ王国に何しに行くかは知らないけど……気を付けた方がいいよ、お客さん」


 アイナがそんな気になることを言い出すので、乗っかることにした。


「何かあったのですか?」


 その言葉に、キケルファがピクリと反応する。コボルトだとバレないように手袋をしたり、仮面を被ったりと変装をしているので、パッと見では分からないようにしているが……やはり少しだけドキドキする。


 しかし、反乱と来たか。少し予想外の動きではある。


「何やら、アルマ王国側とコボルトが揉めたらしくてね。過激派の連中が武装蜂起したとか。このリベレス川沿いは特に危険だから、さっさと離れた方がいいよ」

「ありがとうございます。そうします」

「うんうん。素直なのはいいことだ。忠告程度に、もう一つ」


 そんなことを言いながら、アイナが笑顔のままゆっくりと手を背中へと持っていった。


 その動きを見て、リッカとツァラも腰に差している武器へと静かに手を伸ばした。


 え、待って。急にどうしたの。


「渡りに船、って時は……もっと警戒した方がいいよ――


 殺気。肌が粟立つ感覚。

 気付けば、アイナは腰の後ろに差していた護身用の剣を抜いていた。

 

 え?


 僕は一瞬、何が起きているか理解できず硬直していると、アイナが船の底を蹴って、僕へと迫りつつ、剣を払った。


 揺れる船。閃く銀光。


「悪くない。だが遅いな」


 しかし、リッカの剣が僕の首を正確に狙ったアイナの一撃を弾いた。


 同時にツァラが抜いたナイフを投てき。


「ちっ!」


 ナイフは深々とアイナの太ももへと刺さる。しかし彼女は退きすらせずに、弾かれた剣を翻し、さらに僕を狙う。


 しかし今度は、隣にいたキケルファが腕でその斬撃を防いでくれた。


「殿下、下がっテ」


 キケルファの鱗によって剣が弾かれて、アイナが苦い表情を浮かべる。

 

「コボルトも厄介だね」


 そこでようやく僕は自分のマヌケさに気付く。


 アイナは……おそらくアルマ王国が雇った暗殺者だ。というか、他に僕の命を狙う相手の心当たりがない。


 なのに僕は疑いすらもせずに彼女の思惑通りに船に乗ってしまった。


 本当に彼女の言う通りだ。救いの手を無邪気に信じてはいけない。

 多分、逃げ場のない船の上なら確実に僕を殺せると分かり、行動に移したのだろう。 


「ん、船の上で勝てると思ったのなら――氷狼族ジーヴル舐めすぎ」


 今度は獣のように船の縁を駆けてきたツァラが、リッカによって剣を防がれたアイナへと襲いかかる。


 そういえば、氷狼族ジーヴルは船による襲撃を得意としているので、当然船上での戦闘も慣れているのだろう。


「あー、嫌だ嫌だ。だから蛮族は嫌いなんだ」


 アイナがそんな風に愚痴りながら、器用に船のオールを蹴り上げて、ツァラの進行を妨害。同時に船尾へとバックステップし、仕切り直しを図る――のだけども。


「逃げられるとでも?」


 低い姿勢で一気に距離を詰めたリッカが下段に構えていた剣を下から振り払った。


 甲高い金属音が鳴り響く。


「参ったね、こりゃ。思ってた数倍強い」


 辛うじてその重く鋭い一撃を防御できたアイナだったが、代わりに彼女の剣が弾かれて、宙を舞う。


「ん、終わり」


 リッカと入れ代わるように突撃してきたツァラのナイフが、あっけなくアイナの首へと叩き込まれた。


 血が舞い、僕は思わず目を逸らしそうになる。


 殺すな――と言いたかったのに、声に出せなかった。


「や……れ……やれだ。、羊の王子様」


 首から血を噴き出しながら――アイナがそう口にして、船尾にあった紐を掴むとそのまま川へと落ちる。


 水面が血で染まった。

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