第26話:イスカ村に戻って
ヴロスアングが射撃の訓練を開始してから二週間後。
僕とリッカはイスカ村へとやってきていた。
村は以前と比べかなり片付いてはいるが、復興からは程遠いのが見て取れる。
「おお、領主様……よくぞおいでくださいました」
村の入口で村長が僕達を出迎えてくれた。その横には、いつか街道で助けたあの少女もいた。
その子へとリッカが声を掛ける。
「ミリーヤ。元気そうだな」
「うん!」
元気よく返事するその少女――ミリーヤを見て、リッカが微笑みを浮かべた。
そうしているリッカは年相応の少女に見えるのだけど、残念ながら僕にはあまりああいう類いの笑みは向けてくれないんだよなあ……。
なんてどうでもいいことを考えつつ、僕は村長へと視線を向けた。
「村長、キケルファは?」
そう僕が問うと、村長とミリーヤが教会へと案内してくれた。
話を聞くと、コボルト襲撃事件の際にこの村に住んでいた聖円教の司祭も殺害されたらしく、現在、教会は臨時の避難場所兼治療院として使っているそうだ。
教会の中に入ると、何人かの村人達が作業をしており、奥には見慣れた姿があった。
『やあ、キケルファ』
怪我をしたらしき子供に治療を施しているキケルファへと僕がそう話し掛けた。
「こ、こんにちハ。ご機嫌うるワしゅうございます、殿下」
キケルファが僕を見て、そう言ったのだった。ところどころイントネーションや発音に違和感を感じるが、ほぼ完璧な
「おお!? 喋れるようになってる!?」
「勉強しまシた。皆さんガいろいろと教えてくれたので、助かリます」
キケルファが目を細めた。多分、笑っているのだろう。するとミリーヤが彼の腕に抱き付いた。
「凄いでしょ!? キケルファさん、とっても賢いのよ! それに色んなことも知っているの!」
「そ、そんな事ハありません」
ミレーヤをどう扱えばいいか困っているキケルファの姿が、なんとも微笑ましい。
しかしまさかこちらの言葉を習得までしてしまっているとはね……。予想以上にキケルファは優秀だった。
いくら心を許してくれたからと言って、言葉が通じないとやはり異種族間の溝は埋まらないと僕は思っている。
きっと彼もそれを感じて、僕らの言葉を勉強してコミュニケーションを取ろうとしたんだろう。
本当に、凄い人だ。
「じゃあ、キケルファ。今後についてだけど、ちょっといいかな」
「大丈夫デす」
それから教会の奥にある司祭用の部屋に、村長とキケルファを連れていく。
彼らは長椅子に座り、リッカは六華を手に持っているせいか、立ったまま壁にもたれかかっている。
僕は全員に視線を送ってから、口を開いた。
「村の今後について話したいのですが」
それを聞いて村長が頷いた。
「移住については、皆も希望しております。ウォリス殿の協力もあって、遺体もすべて埋め、墓を建てました。もはや、この村に未練はありません」
やはり予想通りそうなったか。まあ仕方ないことではある。このままこの地にいても、辛い思いをするだけだろう。
「そうですか……僕の方でも受け入れの準備は進めています。ハルキアの郊外にある試験農場とハルキアの中に皆さんの住居を用意させているので、いつでも移住可能ですよ」
「ありがたい話です……」
「あとこれは決して強制ではありませんが、実はハルキアで新しい産業を興そうとしていまして、これの人手が足りていない状況なのです。もし希望者がいればそちらのお手伝いしていただければ幸いです。もちろん、しかるべき報酬も出します」
銃の量産において人手が足りていないのは事実で、もしイスカ村の皆が農業の合間に手伝ってくれるなら大助かりだ。
「もちろん、協力させていただきます」
村長がそう請け負ってくれたので一安心だ。
「移住に関してはウォリスに一任していますので、彼に従ってください」
早ければ来週にも一部の住人を先行して移すつもりだ。まあその辺りはウォリスが上手く仕切るだろう。
「かしこまりました。本当に……ありがとうございます。何から何まで、ご面倒をお掛けします」
村長がそう感謝してくるので、僕は微笑みを浮かべてそれに答える。
「これも領主の仕事ですから。次にキケルファ」
「はイ」
「一度、
「本来なら難シいだろうが……やってミよう。だが、それはアルマ王国に入ルことを意味スるぞ」
コボルトの居住地がそうなのだから、そこは仕方ない。流石にこっちまで来いとは言えないだろう。
「分かってるよ。もちろん公的で行けないので、お忍びでの来訪になるだろうね。その計画も立ててほしい。もちろん、キケルファにもついてきてもらう」
「了解シた。だが……本当にいいノか」
キケルファがそう問うてくる。
僕が彼らを保護することと、この村に住まわせることの是非についてだろう。
「心配しなくても、国王の許可は取り付けてある」
僕はキケルファと村長の前で、王印が捺された書状を広げた。
そこには、〝
実はイスカ村に寄る前にわざわざ王城まで行って、この件について父に直談判してきた。当然、最初は猛反対されたけども、二時間近く説得した結果、父は折れてしまった。
……エラルドに父が信頼を寄せている理由がなんとなく分かったような気がした。
まあ僕はジルほどワガママではないけどね!
ちょっと無理言って、コボルトを保護することを許可させただけだ。
「手が早イな。流石だ」
「まあね。あとは……」
僕が視線を送ると、村長が柔らかい笑みで首肯する。
「村人達も、キケルファさんのお仲間なら構わないと言っております。問題はないかと」
「ありガたい話です」
キケルファの努力のおかげで、今のところ全てが計画通りだ。あとは、
それから細々した打ち合わせを重ね、僕はキケルファを連れて一度ハルキアへと戻ることにした。
僕らが村を出発する時には、村人が総出で送り出してくれた。
僕、というよりキケルファが慕われているからだろう。
「ウォリス、引き続きよろしくね」
「かしこまりました。何やら、色々ハルキアでもやっているようですね。リッカ様が持っているあの武器……あれに関することでしょう」
ウォリスがいつもの、嬉しいような呆れたような顔でそう言ってくる。
「うん、ウォリスにも色々やってもらうことがあるから、よろしくね」
「ご命令とあれば。正直言えば、城勤めであった時より、今の方が充実しているんですよ」
なんて朗らかに言ってくれるので、僕は一安心していた。だけども、彼が時折、とある村娘に視線を送っていることを、見逃さない。
なるほど……そういうことね。
「じゃ、あとはよろしくね」
「はっ!」
よし。全ては順調だ。
あとはハルキアに戻ってキケルファと計画を立てれば――いよいよ外遊の始まりだ。
まずはアルマ王国のコボルトの移住地。そして緑王国。
「前途多難な旅になりそうだね」
馬車に揺られながら僕がそう口にすると、正面に座るリッカが不敵に笑った。
「ふっ……楽しそうな旅になりそう、の間違いだろ? 敵国にお忍びで行くなんて、またとない機会だ」
「なんの機会?」
「危険、危機、危篤」
「嫌すぎる3Kやめて」
そんなこと言われると、なんだか凄く嫌な予感がする。
「まあ、心配するな。ウルもキケルファも、私が守ってやる」
「心強いよ」
何事も起きなければいいのだけども――
そう願っていた僕は、あまりにも甘すぎたのだった。
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