第25話:そうだ、銃を量産しよう


 ウヴァルローグの武器庫に潜ってから、二週間が経った。


 僕とリッカは、彼女の部下であるヴロスアングの傭兵達を集め、ハルキアの館の裏庭に急遽造った、に立っていた。


「じゃあリッカ、お願い」

「ああ」


 ウヴァルローグから持ち帰った、あのリボルビングライフル――〝六華ロッカ〟という銘をが付けられた――をリッカが構えた。


 狙うのは、200メートルほど先に置かれた鉄鎧を着た人形だ。


 リッカが狙いをつけ、引き金を引き絞る。するとシリンダーが回転し、同時に撃鉄が引き起こされ、そのまま叩き付けられた。


 轟音。僅かな硝煙。

 すぐに衝撃音が聞こえ、銃弾が鉄鎧に命中したのが見えた。


 クロスボウに対抗するために造られた特注の重鎧に、風穴が開いている。


「……おおおおお!」


 傭兵達がどよめく。


 それで終わらず、リッカは相棒であるヴォルクのラセツの背中に飛び乗ると、走りながら再び六華を構えた。


 銃声。


 銃弾は再び鉄鎧に命中し、風穴を二つに増やした。


「お見事」


 リッカの射撃の腕には感心しっぱなしだ。


 銃を持ち帰ってきたあの日、僕は素人ながらもそれっぽく整備して、恐る恐る試し撃ちした結果、動作に全く問題ないことに気付いた。


 そしてそれを見たリッカはすぐにその有用性に気付き、それから毎日欠かさず射撃の練習を行った結果――とんでもない速度でその命中精度が上がっていった。


 さらに冗談で、騎乗状態で撃てればもっと凄いのに、なんて僕が言ってしまったせいで、彼女はヴォルクに乗った状態でも撃てるように練習を開始した。


 二週間やそこらでここまでの腕になるのはぶっちゃけありえないのだけども、

氷狼族ジーヴルならあるいは……と思ってしまった。


 なので、こうしてヴロスアングの皆様に集まってもらったのだ。


「鉱山で新たに発掘したこの古の武器――銃を実験的にヴロスアングに配備する。従って本日より射撃訓練および銃の運用、整備に関する座学を行い、成績上位者のみ、新たな兵科となる〝銃騎狼兵ヴォルクーン〟で構成される小隊に採用する」


 リッカのその宣言を、皆が真剣に聞いている。


 〝銃騎狼兵ヴォルクーン〟――それは僕が冗談半分で提案したことだけど、リッカはかなり乗り気だった。


 前世で言う竜騎兵ドラグーンのヴォルク版だ。しかし、僕はより立体的な機動が可能なヴォルクこそ、より適性があると考えていた。


「しかし全員に配ったらダメなのか? 弓やクロスボウより遥かに強いぞこれ」


 リッカがそう聞いてきた時、僕はこう答えた。


「それはまだ、難しいかな」


 一番の理由は、シンプルに弾が少ないからだ。


 あの武器庫には何度か足を運び、ジルの手も借りて銃や弾薬の正確な数を調査したのだけども、銃の数は足りても、弾の数が足りそうになかった。


 訓練程度なら問題ないが、戦争できるレベルでは決してない。


「ウル様! 職人の皆さんがお話があるって!」


 リッカが部下達にあれこれ指導しているのを僕が見ていると、ジルが走ってやってきた。いつもの作業着姿でやはり貴族令嬢には見えないが、それが彼女らしくて、逆に好印象だ。


「すぐ行く」


 あの武器庫の銃も弾も有限である。

 とてもじゃないが、あてに出来るものではないだろう。


 ならばどうするか。


 簡単な話だ――


 ジルと一緒に屋敷に戻ると、応接間に二人の男がそこで待機していた。


「お待たせしました」


 彼らの前にあるテーブルには、銃と弾丸が分解して置かれてある。

 これは、銃の知識と共につい一週間前にジルによって彼らに届けられたものだ。


 もちろん理由は一つしかない。


「それで、どうでしょう? 造れそうです?」


 だから僕は彼らにそう問いかけた。それに対し、街一番の鍛冶職人である、初老の男性が険しい顔のまま口を開いた。


「殿下。こんなものは生まれてこのかた60年、見たことがねえ。シンプルでありながら、細かい技術が随所に散りばめられてやがる。何より驚くほど精密にできていて、何本かバラしたが……狂いが一切ねえ」

「でしょうね」


 おそらくだけども、前世で言う19世紀の銃と遜色ないどころか、上回っている節がある。


「試し撃ちもしたんだがな。発想が常軌を逸してやがる。こんな手元で火薬による爆発を起こして弾を飛ばすなんて、普通は考えられん。そんなことすりゃ、間違いなく危ないし、この武器自体も痛むもんなんだが……そうならない工夫がある。まず素材だが、銃身とシリンダーについては、氷鉄グラシアイアが使われている」

「ほう?」


 氷鉄グラシアイアはうちの国の北部でよく取れる金属の一種だ。熱を吸収する性質があり、耐熱性が非常に高いことで知られている。


 対コボルト用の盾や防具に使ってもいいかもしれないなと、イスカ村での一戦以来考えていたけども、なるほど、銃の素材に使っていたか。


「過熱や衝撃による歪みも殆どない。さらにこの構造だと、本来なら発射時に生じる高熱も殆どが吸収されてちまう。よく考えられている」


 職人の言葉に頷いていると、その横にいた青年――錬金術と調合を得意とする薬師が声を上げる。


「それを言えば、火薬もなかなか考えられてますよ。おそらくですが、この弾に使われているのはドワーフパウダーと同じかと」

「ドワーフパウダーって……花火に使われるあれ?」


 この国にも花火の文化がある。ただし前世に住んでいた国と違って、夏ではなく、冬に上げるのが一般的だ。


 しかし、あれに銃弾に使えるような火薬なんて使っていたのか。


「はい。黒色火薬では煙が出過ぎて花火が見えないということで、改良された無煙火薬がドワーフパウダーです。煙が出ないおかげで視界も遮らないですし、この武器の用途から考えると使うのは必然かと。この雷管に使われている火薬も、類似品が見付かりました」


 それを聞いて、僕は安堵する。


 この世界の技術ツリーをよく知らないけども、少なくとも前世でいう無煙火薬の生産には基本的に近代設備が必須だ。だけども、この国においてはドワーフのチート技術がそれを可能としているらしい。


 まあ元々銃と薬莢を造れる技術があったのだ。なのでそれが違う形で後世に継承されていても不思議ではない。


 ただそんなものがあるのに、これまで花火にしか使っていなかったというから、笑ってしまう。現に僕も言われるまで知らなかった。


「つまり弾は量産できるってことだよね。黄銅もうちの国じゃ安定して取れてるし」

「設備と人は必要ですけどね」


 そう薬師が結論づけると、鍛冶職人がさらに補足を加えた。


「腕もいるぞ。模倣とはいえ、これと寸分違わぬ造りのものを量産となると、正直難しい」


 うーん。そうか……。やはり今のままじゃ難しいか。

 

 と僕が残念そうなフリをしていると、鍛冶職人がニヤリと笑った。


「とはいえ……多少簡略化していいなら、やれんことはない」

「性能はどうなりますか?」

「多少は落ちるだろうが、使える程度のところまで持っていってやる。ハルキアの職人の名にかけてな」


 素晴らしい。


 このエリオン王国が弱小国と呼ばれるのは、おそらく素の技術力や工業力、そして資源に優れているのに、それを一切軍事利用してこなかったからだろう。


 それは、かつて空中戦艦を造るほどの超軍事国家だった反動なのかもしれないな、とふと思った。


 だけども、もうそんなことは言っていられない。


「ではまず、弾の量産について……人手がいるそうですが、これには少しあてがあります。設備についてもすぐに技術者を王都から呼び寄せましょう。鍛冶職人については……」

「心配するな。燻っている連中がこの街には山ほどいる。お嬢が声を掛ければ皆、喜んでやるさ」

「なら、問題ないですね。この街は鉄が取れなくなり、今や死に体です。だからかつての活気を取り戻すためにも――ここを銃の一大生産地にしましょう」


 羊が狼から身を守るには、武装するしかないんだ。


「ジル、この計画についてはもちろん僕が責任者であるけども、これ以外にも問題は山積みでね。君に、ある程度任せたいのだけど、いいかな」


 僕がそう問うと、ジルが少し不安そうな表情を浮かべる。


「ウヴァルローグの調査は……?」

「もちろんやってくれて構わない。もしかしたら、他にも武器庫があるかもしれないしね」

「分かった! 任せなさい! うっひょー俄然やる気が湧いてきたああ!」


 遺跡調査と遺物弄りが趣味という彼女にはぴったりな仕事だろう。


「となると、次は……コボルト移住計画と緑王国との交渉か」


 アルマ王国が攻めてくるのは間違いない。これをどう防衛するかを考えるとと、この二つは外せなかった。


「よし、同時にやってしまおう」


 どうせ国外に出るなら、一緒にやった方がいい。


 いよいよ――世界に働きかける時間がやってきた。


 まずは保護すべき存在であるコボルトの〝叡竜派ファルセン〟と秘密裏に交渉を行い、そのまま南下して緑王国へと入る。


 父のおかげで緑王国とのコンタクトは取れているので、あとは直接話すしかないだろう。


「さて、どうなるやら」


 不安は沢山あるが、飲み込むしかない。

 でも、少しだけワクワクしている部分はあった。


「旅になるな」


 その前に、少しだけ準備しないとね。

 

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