三章:竜姫と樹王と羊の王子様

第31話:コボルトの肩の上で


 突然現れたコボルト達に、抵抗するという選択がなかったわけではない。


 しかし完全武装のコボルトの一団相手に、拳銃一丁で立ち向かう根性も技術も僕にはなかった。


 それはアイナも一緒だったようで、彼女も僕と同様にさして抵抗せずに大人しく捕縛された。


「お互い運が尽きたね」


 コボルトに担がれたまま、アイナがそう僕へと話しかけてくる。やっぱり左脇腹はとても痛そうなのに、それを全く感じさせない。


 そういえば彼女は首の致命傷すらも治す力を持っている(としか思えない)、のに、なぜかあの左脇腹の傷は治っていない。


 治せる力があるのに、なぜあえてこの状況で治さないのか。


 あるいは――


 僕はこの先どうなるかも分からないのに、そんなことばかりを考えていた。


 すると、アイナが僕の言葉が返ってくるのも待たずにこう提案してくる。


「なあ、羊の王子。あたしと取引しないかい」

「取引? この状況で?」

「この状況だからこそだよ。あたしの中で、あんたとあんたの武器の重要度が上がっている。もはやアルマ王国やコボルトなんざどうでもいい」

「……そう言われても」


 何度も殺されそうになったのに、〝あ、そうなんですね〟とは流石に僕でもならない。


「あんたにあんまり選択肢はないと思うけどね。あんただってコボルトのおやつになるのは嫌だろう?」


 まあ確かに今の僕に交渉する余裕なんてないのは確かだ。

 下手すればあと一時間もしないうちに丸焼きになって、コボルト達の胃におさまっているかもしれない。


 今は……少しでも味方が多い方がいい。そう判断し、僕は渋々を装ってアイナの提案に乗っかることにした。


 あくまで、仕方なくというポーズを忘れずに。

 下手に出たら、きっと飲まれるに違いない。


「……内容によるとしか」

「あはは、そんな演技はいらないよ。あんたは五体満足なままに仲間と合流したいのだろう? だったらあたしを雇うといい」

「敵国の刺客であるあんたを?」

「その通り。雇ってくれるなら全力であんたを護ってやるし、命に代えてもここから無事に逃がしてやるさ。あはは……まああたしにとって自分の命は、いくら負けても痛くない、ゴミのようなチップではあるがね」


 なんて言って、アイナが自虐的に笑う。


「だったら教えてよ、なぜ、首を斬られて死なない」

「それについては取引が成立してからだね。なんせ大事な商売道具だ。そう簡単には教えられないさ。だけども首を斬られても、四肢をもがれても死なないことは間違いない」

「ならなぜ――」 


 その左脇腹の傷は治らない。そう聞こうとして僕はやめた。

 そうか。


 理屈も道理も分からないけど、彼女の求めているものが分かった気がした。

 もしそれが本当にそうなら……彼女はおそらく僕に協力してくれる。


「どうしたんだい。さあ、なんでも聞いてくれていい。答えるかどうかは別だがね」

「いや、もういい。アイナ、君と取引をする」

「おや、これまた急に。いいのかい?」

「さっき君が言ったように、あんまり喜ばしい状況ではなくなってきたからね」


 僕は前方へと目を向けると、そこには森の中にできた集落があった。


 その集落は木製の高い柵で囲まれているけども、それは外からの異物を拒むというよりも中のものを外に出したくないという、そんな意図が感じ取れるような造りをしている。


 集落というよりも、収容所。

 そんな雰囲気だ。


「あそこは……叡竜派ファルセンの村だったはずだけども……ちょっと物々しいことになっているね」


 その集落――アイナが言うには叡竜派ファルセンの村、が嘘ではないとすると、なるほどさっきの感覚は正しかったわけだ。


 おそらくあの木の柵はアルマ王国が造ったものだろう。コボルトを出さないための……檻だ。


「あそこに入れられるのはマズいね」


 僕らを担いでいたコボルト達が、村の門の前に立っていたコボルト達へと会話をはじめる。


『巡回中に怪しい人間を見付けた』

『若い男に女か。食料庫行きだな。ザフラス様はいつも腹を空かしていて、人間なんていくらあっても足りやしない』

『そうだな。了解した』


 なんてことを言っているのを聞きながら、焦りを抑えつつ考えを巡らす。

 このままだと遅かれ早かれ食われることになるだろう。


 それだけなんとか避けないと。


「アイナ、なんとかこいつらと交渉して、しばらくの身の安全を確保するから、その後の脱出、そして僕の仲間と合流するまでの護衛を頼めるか」

「そりゃあ構わないけども、そもそもこいつらと交渉なんてできるのかい?」

「できる」


 僕がそう断言すると、アイナが豪快に笑った。


「あはは! そうかい。いいだろう、その依頼――この〝万死万生リーインカネートのアイナ〟が引き受けよう」


 〝万死万生リーインカネート〟、ね。何とも分かりやすい二つ名だ。


「見返りは何を求める。僕の命は勘弁な」

「そんなもんいらんさ。あたしが欲しいのは……。あんたの武器ならそれをあたしに与えてくれる……かもしれない」


 そう言って、アイナが暗い表情を浮かべる。


 ああそうか、やっぱりだ。この人は……

 自暴自棄とも言っていい。


 だから自分の乗る船に爆弾を仕込めるし、明らかに強い護衛がいるのを分かってながら堂々と襲ってくる。


「分かった。ただし、その前に君のことを全部教えろ」

「ふふ……何それ。まさかあたしを口説いているのかい? 言っておくが、君より随分と年が上だぞ?」


 なんて言いながらアイナさんが色っぽく笑う。この人、本当によく笑う人だ。

 それに冷静にみるとめちゃくちゃ美人だしスタイルもいい。


「妻には内緒にしててくれよ」

「くくく……いいだろう。全部あんたにやるよ、あたしも、あたしの呪いも全て」

「じゃあ取引成立だね。さて……」


 村の中へと入っていくコボルトの肩の上から、僕は周囲を観察する。

 見れば粗末な木の檻に、彼らに捕まったらしき人間もそしてコボルトも入れられている。


 おそらくだが、檻の中のコボルトは叡竜派の者だろう。

 となると……もしかしたら、いるかもしれない。


 叡竜派の長が。


 ならば、交渉の余地はある。

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