第44話:交渉、難航
見た目に圧倒され、萎縮した時点で外交は終わってしまう。
だから僕は表情を変えず、むしろ余裕の笑みを浮かべてその大樹に寄生する少女――フュゾルカへと敬礼をしつつ、口を開いた。
『大いなる始まりの根源、葉陰に息づく大樹よ。身は微塵に等しと自覚しながらも、貴樹との邂逅は、神々しき恩寵の如き』
とりあえず外交儀礼に則り、褒めてへりくだってみたのだけども……。
「あ、別に普通に喋ってくれていいよ?」
なんていう予想外の言葉がフュゾルカから返ってくる。
……いや、普通に喋れるんかい! しかもめちゃくちゃ綺麗な
「あと悪いけど、〝
「待ってください。まずは話し合いを」
「〝
マズい、完全にペースを握られてしまっている。
気付けば、左右に並んでいた木々がじりじりとこちらへと近付いてきていた。
これは良くない。非常に良くない
「あー、それは……」
くそ、予定していた段取りが全部台無しになりつつある。
「なんでこの森に入ってきたかは知らないけど、入ってきた奴は全て殺すと決めているの。こうして会っているのは、久々に〝
左右の木が再び近付いてくる。
とにかく会話を途切れさせないようにしないと……おそらく僕達はここで終わる。
だから必死に言葉を紡ぐ。
「それで、会ってみてどんな印象を受けましたか」
「――不快。あのクソモグラどもの子孫ってだけで、殺したくなる」
フュゾルカから殺気が放たれる。
あ、もうダメかもしれない。
足が勝手に震え、それを止まらない。
こんな相手に交渉なんて最初から無理だったのかもしれない。そんな弱気な気持ちになりそうになるのを抑え、ギュッと手を握り、勇気を振り絞る。
こんなところで怖じ気づいている場合じゃない。
「確かに我らの先祖であるドワーフと貴方はかつて敵対していました。ですが、今はもう違います。友好的と言わないまでも、少なくとも貴方の子孫たるハーフエルフ達とは、剣と杖を突き合わすような間柄ではもうないのです。ですから――」
「そんなことは知らない。お前を生かす理由にもならない」
木々がすぐそこまで迫っている。
もはや悠長に交渉なんてしている場合ではなかった。
ならもう……遠回りはなしだ。
「フュゾルカ様、聞いてください。僕は――再びこの世界に火をもたらす扉を開けました。その意味が、分かりますよね」
その言葉で――フュゾルカがその巨大な幹を揺らした。
明らかに動揺しているのが、見て取れる。
さあ、次はこっちのターンだ。
「嘘だね。あれは誰にでも開けられる扉ではないよ。それに例え封印を解いたとしても、それを扱う技術も知識ももう存在しない」
「これが証拠です」
僕は右腕を彼女が見えるように掲げた。そこには、あの扉を開ける鍵となった腕輪が装着されている。
「ああ……お前はあの魔王の血脈なのね……」
「ええ。そして、知識も技術も受け継いでいます」
僕は拳銃を抜き――その銃口をフュゾルカへと向けた。
はっきり言おう。これは外交としては最低なやり方だ。否、もはや外交ですらない。
だけども、もはや手段を選んでいる余裕はない。
案の定、僕達へと迫っていた木々がざわめき、離れていく。
フュゾルカは大きく枝を揺らした。まるで威嚇しているかのようだ。
「ありえない……なぜ」
「貴方がここでただ永遠に停滞している間に、世界は先へと進みつつあるのですよ。ですが、僕も望んで扉を開いたわけではありません。かつて世界を焼いた火を……狙う輩がいるからです。奴らは火をもって世界を支配しようと目論んでいます」
僕の言葉に、フュゾルカが鋭い言葉を返す。
「それはお前のことではないの? その火で再び燃やすのでしょ、〝
「違います。僕はただ火を消したいのですよ。だけどもその為には、火が必要なのです。貴方も知っているはずですよ……ドワーフがいかに滅びたか。いかに火が封印されたかを」
「……それは」
古より生きる彼女だからこそ、僕の言葉の意味を理解できるはずだ。
エルフ達、そして永遠を生きるために植物と一体化するという選択をしたフュゾルカにとって――ドワーフが産みだした銃やそれに続く兵器は、まさに天敵と呼べる代物であった。
だから彼女なら、銃が再びこの世界にもたらされたと知れば、必ず動く。
そこを利用するしかない。
「フュゾルカ様。これは決して他人事ではありません。脅威は――すぐ近くまで迫っているのです」
僕のその言葉と同時に――砲撃音が背後から微かに響く。
後続のコボルト達が近付きつつあるのかもしれない。
「……ああ! 人とはそこまで愚かなのね!」
その叫びに、僕は好機を見出した。
「その通りです。火を狙うはアルマ王国。その背後に潜む、巨悪ですよ」
アイナから聞いた話を全て信じるわけではないが、どうやら悪魔と呼ばれる存在がアルマ王国を支配しているらしい。
そんなものはゲームにいなかったし、その正体が何かまでは分からないけども……間違いなく敵であることは確かだ。
そして銃を求めていたというのは、ヴァーゼアル領を狙っていた時点で明らかだ。
その悪魔こそが火の簒奪を企ているものであり、それはつまりフュゾルカ達エルフに対する敵対行為でもあるのだ。
敵の敵は味方――分かりやすい、シンプルな外交手段だ。
「あのクソ悪魔はまだ生きているのね。そっちの女から微かに臭うわ。ゲロのような臭いが」
フュゾルカがアイナへと顔を向けた。その顔に浮かぶのは、憎しみと怒り。
「生きているさ。そして王子の言う通り、銃を狙っている。世界が火に包まれるのを望んでいる。人が、命が、消えいくのを求めている。命なき灰の世界に降臨したいと考えている」
アイナがそう証言する。さらにここぞとばかりにナナルカも前へと一歩踏み出した。
「我々コボルト族は戦乱をもたらすアルマ王国に反旗を翻し、ウル様の国であるエリオン王国へと身を寄せる決断をしました。ですが、それを許さないアルマ王国軍が我ら一族を駆逐すべく、こちらへと迫っています」
それはナナルカと事前に示し合わせた通りの言葉だった。細かい部分は事実とは違うが、そんなことはこの際、どうでもいい。
ただ辻褄が合えば、それでよかった。
「――コボルトが森へと入ってきたのはそういうことなのね」
予想通り、フュゾルカは僕の言葉を聞き入れてくれた。
既に彼女から放たれていた殺気は消えている。
僕は再び彼女へと敬礼を行う――さあ、仕切り直しだ。
「フュゾルカ様。名乗り遅れましたが……僕はエリオン王国の第一王子のウル・エリュシオンです。緑王国ではなく、貴方と同盟を組むためにこの森へと踏み入れました。共に火を消そうとする者同士、手を組めないでしょうか」
*次話更新日*
3/20(18時予定)
次話は第三者視点となります
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