第8話:少しの変化


 後日。


 父の少しだけスッキリした執務室にて。


「というわけで――ヴァーゼアル領をいただきたく思います」 


 僕がニコニコとそう宣言すると、父はため息をついた。


「はあ……分かった分かった。ヴァーゼアル領でもなんでも持っていけ……どうせ成人祝いとして、どこかの領地は譲るつもりだったからな。あそこなら他の貴族共も嫌な顔をしないだろう」


 父が疲れきった顔をしている原因は間違いなく僕と、最低限の礼節は弁えているものの、城内で自由気ままに振る舞うリッカ達だろう。


 祝賀会での一件、そして半ば強引に進めた僕の婚約。国内の有力貴族からの反発はそれなりにあったけども、全て父が穏便に処理してくれた。


 ……正直、そこまでしてくれるとは思わなかったので、本当に助かった。


 さらに最近父は癇癪かんしゃくを起こすことが少なくなり、家臣や宰相のラムダとの関係も改善されつつある。


 どうにも色々と愚痴を言い合っているようだけど、まあ良い傾向ではある。

 その愚痴の内容がほぼ僕達なのがアレだけども!


「ありがたき幸せ。ついでに兵も数百ほどお借りしますが」

「好きにしろ。それならウォリス達を連れていくといい」

「もちろんです。幼い頃からお世話になっていますから」


 ウォリスは僕を守る近衛兵の一人であり、確か今年三十六だったはずだ。


 この国の軍人では珍しく剣技や軍略などに真面目に取り組んでいて、騎士という言葉が良く似合う男だ。


 でも最近、彼の黒髪に白髪が混じりはじめたのは、色々と苦労を掛けているからだろう。さらにヴァーゼアル領に行くとなると心労も増えるだろうから、どこかでフォローなりケアなりはした方がいいかもしれない。


「あと、父上。アルマ王国は必ず攻めてきますよ。準備はしておいた方がよろしいかと」


 僕はこれまでに何度も父にそう忠告していた。最初は父もどこか本気にしていない節だったが、しつこく言ったかいもあって最近は少しやる気を見せてくれている。


「分かっている。南方とブラックブリッジについては兵を増やすように命はもう出してある。あとラ・ユルカ緑王国にもについて書状を出しておいたぞ。しかしなあ……無駄足に終わると思うのだが。かの国は古より閉鎖的な国だからな」


 父が渋そうな顔をする。

 しかし以前の父からすれば、満点の動きをしてくれたので、僕は自然と笑顔になってしまう。


「大丈夫ですよ。適切な手土産さえ用意すれば、彼らも胸襟を開いてくれます。とにかく大事なのは戦争をしないこと、です。その為にも一度、彼らと対話をする必要があります」


 ラ・ユルカ緑王国は、アルマ王国とこの国の南方に広がる湿地と密林に覆われた広大な領土を支配している。


 国民の大多数がエルフの末裔で、古の時代に僕達の祖先であるドワーフと覇権を争ったという。ただ時代が過ぎるにつれ僕達と同様に人間の血が混ざってしまったので、彼らは自身をハーフエルフだと名乗っている。


 ちなみに僕達は自身をハーフドワーフではなくドワルヴと呼ぶが、これは古ドワーフ語で〝穴を出たドワーフ〟という意味らしい。


「かの国とはもう何十年と交流していないし、必要もなかった。止めはしないが……無駄に終わるかもしれんな」


 今でこそラ・ユルカ緑王国とは敵対はしていないけど、元々は敵対種族だっただけに交流はほとんどない。僕の祝賀会だって招待したのに欠席したしね。


 だけどもこれから先、かの国と敵対することはかなりリスクが伴う。なぜなら、あの国には極めて厄介な存在がいるからだ。


 逆を言えば、そこさえなんとかできれば……ラ・ユルカ緑王国は大変心強い味方となる。その機会を逃すわけにはいかないのだ。


「これから大変な時代がやってきます。戦争です。戦争が沢山起こるのです。だからこそ、少しでも味方を増やす必要があります。その為ならば多少の労力、無駄や犠牲も厭いません」

「そうだな……その通りだ。しかし……」


 父がジッと僕の目を見つめてくる。その顔には疑いと同時に、喜びも含まれているように感じた。


「お前は一体どうしたと言うのだ。自ら他国に外交に赴こうだなんて、一年前のお前なら絶対にしなかったぞ。いや、喜ぶべきことなのだが……」

「僕だって本当は嫌ですよ。ぬくぬくとのんびり平穏な毎日を過ごし、ベッドの上で死ぬ。そういうことを夢見る小市民です。ですがその為には……少し無茶をしてでも動かなければならない時もあります。それが、ついにやってきただけですよ」


 僕がなんでもない事とばかりにそう父へと本音を伝えた。


「そうか。そうかもしれないな……それは俺も同じか」


 自分に言い聞かせるように父が小さく呟いた。何か、思うところがあるのかもしれない。


「では……ヴァーゼアル領、確かに頂戴します。やるべきことが山ほどあるので、近日中にあちらへと移ります。心配されずとも、ヴロスアングも連れていきますから、少しは城内も静かになるでしょう」

「ふっ……ありがたいことだが、少し寂しくなりそうだな」


 それを聞いて僕は苦笑する。最初は蛮族だなんだ言っていたくせに、実は結構気に入っているじゃないか。


 こうして僕は父の変化に少し希望を抱きつつ――この城を去ることになる。


 領地の整備。軍事力の強化。採掘。

 何よりも――外交。


 やるべきことはまだまだある。




*作者よりお知らせ*

ここまでお読みいただきありがとうございます!


次話より<一章:ヴァーゼアル領にて>となります。

戦闘、言語チート、同盟、そして……地下より掘り出される遺物など、本格的に物語の核心へと触れていく内容となっておりますのでお楽しみに!


読者選考を突破する為にも、是非とも☆☆☆をお願いいたします!

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