第7話:戦争をしないためにできること


 戦争をしない――という僕の言葉を聞き、リッカが眉をひそめた。


「話がおかしいぞ。兵を鍛えるだとか、砦を増やすだとか色々あるだろうが。攻めてくる相手がいるのに、戦争しないというは無理がある」

「軍事力の強化は当然やるけどさ、そういうのはもっと長い年月掛けてやらないと効果は出ないよ。僕の予想だけども、きっとアルマ王国は君達、氷狼族ジーヴルと組んで、この冬に攻める予定だったはずだ」


 冬。それは戦争するには、あまり良い季節とはいえない。寒さによる士気の低下、雪による行軍の遅延。何かしらの事情がない限り、わざわざ冬に攻め込むバカはいない。


 しかしそれをアルマ王国が選択するには訳がある。

 

氷狼族ジーヴルは冬の戦争が得意中の得意でしょ?」

「確かに。低地の冬なぞ私達にとっては春と同じだからな」


 自身ありげにリッカがそういうのも仕方ない。


 【ドラゴンの王座】にも季節という概念があった。冬になると一部の部隊を除き、全ての部隊にマイナス補正、つまりデバフが掛かるのだが、なんと氷狼族ジーヴルは逆に大幅なプラス補正……バフが掛かる仕様なのだ。


 おかげで冬の戦場に限って言えば、少数精鋭の氷狼族ジーヴルでもあっさりと大軍に勝てたりする。


 何度、痛い目にあったことか。


 そんなことを思い出しながも、僕は説明を続ける。


「つまり、冬の攻勢の要となる氷狼族ジーヴルがこちらと同盟を組んだ以上、アルマ王国は間違いなく攻める時期をズラすはず。次の春か、あるいは夏か……いずれにせよまともにぶつかれば負けるのは必須」

「私達がいれば勝てるぞ」


 リッカが力強くそう断言してくれるけども、そもそも僕は戦争なんてしたくない。あれほど無駄な国家行為は他にないだろうと思っているぐらいだ。


「確かに氷狼族ジーヴルの力があれば勝てるかもしれない。でも、。だから準備が整うまでは極力戦いは避けていくしかない」


 僕の言葉を受け取り、イテキヴァが不敵に笑った。


「なるほど。準備が整うまでの間は……か。それで何を準備する気だ? どうやって、この羊のように弱い国を狼に仕立て上げるつもりだ」

「まあ、色々と考えてはいます。とりあえず――北部にあるヴァーゼアル領を父上にねだろうかなと」


 僕の言葉に、リッカが首を傾げた。


「ヴァーゼアル領って確か、うちの土地のすぐ近くじゃなかったか。何もない場所だぞ、あそこ」

「そうだね。ヴァーゼアル領は北の国境線のすぐ南、天雪山脈の麓にある土地で、君達の土地とは山を挟んだ向こう側だ。今は王領として管理されているけど、小さな鉄鉱山があるぐらいでめぼしいものはない」

「では、なぜそこを」


 イテキヴァの疑問に、僕は持ち込んでいた手持ちの簡易の地図を広げながら、丁寧に答えていく。


「僕の予想だけども、アルマ王国が攻めてくるであろう場所が三つある」


 赤いペンで地図にバツ印を付ける。

 

 西隣のアルマ王国との国境は概ね、北に連なる天雪山脈から流れる大河、リベレス川を基準としている。ゆえにある程度は攻めてくる場所を予測できるのだ。


 一つはこの国の南西部にある、リベレス川が流れ込む巨大な湖の南に広がる草原地帯。川を気にせずに進軍できるのが利点だけども、ここは南の国境とも近い。ラ・ユルカ緑王国の〝エルフの種子達エルヴィン〟を刺激する可能性を考慮すれば、あまり大部隊は展開できないはず。


「次がブラックブリッジ」


 交通の要であり、リベレス川の中流に掛かる巨大な橋――黒鉄橋ブラックブリッジ。ここはアルマ王国とこの国を結ぶ大街道にあり、当然行軍もしやすい。


 ブラックブリッジさえ占拠できれば、相手は次々と兵士をこちらの領土に送り込めるようになる。逆に言えばここさえ守れば、かなり相手の動きを制限できる。


「そして……最後がこのヴァーゼアル領だ。これが本命で、アルマ王国の主攻はここだと思っている。だから早急に守備を固める必要がある」


 天雪山脈の麓に広がる荒原地帯。かつては鉄鉱山による製鉄業が盛んであったが、鉱山も近年は枯れ気味であり、取ったところで何の旨味のない土地となっている。


 しかし僕はアルマ王国がここを取りに来る可能性が高いと踏んでいた。


「なぜそう言い切れる」


 イテキヴァがそう聞いてくるのも無理はない。だからこそ、僕は慎重に言葉を選んでいく。


「理由はいくつかある。まずリベレス川はここではまだ川幅が狭く、かつ水深も浅い」

「渡河しやすいということか」


 リッカが先回りしてくれたので、首肯する。


「その通り。さらに失敗に終わったけども、氷狼族ジーヴルと同盟を組めていた場合は、西と北の二方向から攻めることができる」

「なるほど。だけどもそれができない以上、攻めてこないんじゃないか?」

「そうだね。ただそれがなくても、彼の地を取る理由があるんだ」


 ただそれをどう説明すればいいか、僕はまだ悩んでいた。


 まさか、〝この世界は前世でやっていたゲームと同じ世界だから、どこを取れば有利になるか分かるんだ〟と言っても信じてくれないだろう。


 ヴァーゼアル領にあるちっぽけな鉄鉱山からが見付かるなるなんて、この時点で知っているものはいないはずだ。


 当然、アルマ王国も知らないはずである。


 なのになぜ彼らがピンポイントでヴァーゼアル領を狙ってくると確信しているかというと……アルマ王国のやり方が、どうにも引っかかるからだ。


 繰り返しになるのだけども、【ドラゴンの王座】において、エリオン王国が序盤で滅びるパターンで一番多いのは、周辺国が氷狼族ジーヴルと同盟を組んで攻めてくるパターンだ。


 ただしこれは……周辺国がAI場合でのみ起こる。


 AIは最適化された動きをするのだけども、〝実はこの鉱山に凄いものが埋まっているから優先的に取りに行く〟というメタ的な動きはしないようになっている。


 だから少し違和感のある表現をすると――どうにもアルマ王国のやり方はのだ。いや、もちろん、僕以外が全員NPCでAIであるなんて思っていないし、人間であるのは当然なんだけども。


 だから僕はとある可能性を危惧しているのだ。


 もしかしたら僕以外にもこの世界が、【ドラゴンの王座】と同じであると知っている存在がいるかもしれない、と。


 つまり――、そう思えて仕方ないのだ。


 とはいえそれもまた、リッカ達には説明がしにくい。

 

 だから僕は――軽く嘘を混ぜることにした。


「実はここだけの話なんだけどね。ヴァーゼアル領の鉱山で稀少な鉱石が見付かったんだ。それは今後の世界情勢を大きく動かすほどの価値があるんだけど、それを知るものはまだ少ない。ただ残念ながら……その情報はアルマ王国には既に漏れている」

「……稀少な鉱石、か。その話が本当ならば、確かに取るに値するだろう」


 イテキヴァが目を細めながら、地図と僕の顔を交互に見つめた。

 うーん、嘘をついているのがバレてるっぽいな。


 まあ仕方ない。


「つまりだ、アルマ王国が攻めてくるであろうヴァーゼアル領を取られないために、ウルはそこの領主になるわけだな。それと同時に、その稀少な鉱石とやらの採掘も行う」


 リッカが綺麗にまとめてくれたので、僕はそれを肯定する。


「正解! 国の全てを守るのは流石に僕じゃ無理だけど、小さな領地ぐらいなら、なんとかなりそうな気がする」


 僕のような存在元プレイヤーが他にいるかどうかは、正直なところ分からない。でも僕には確かめる必要がある。


 アレが本当に……かの鉱山に眠っているかどうかを。

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