第6話:傭兵団〝霜つく刃〟

 婚姻の儀が行われたその夜。

 

 城の中庭に火柱が立っていた。


 キャンプファイヤーのようなそれを中心に、いくつもテーブルが並べられ、所狭しと料理と酒が置かれている。要は宴である。


 そこで大いに食べ、飲んで騒いでいるのは氷狼族ジーヴルの皆さんだ。ざっと数えて、百名とちょっと。リッカの親族もいるが、そうでもないものがほとんどだ。いずれも今日の昼に行った婚姻の儀に参加してくれた。


 、その全員が物々しい雰囲気を纏っていて、女性も含め、全員が戦士然としている。


 うちの家族……と言っても父と家臣達だけだが、彼らはテーブルの一角で肩身狭そうにしていた。誰もが作り笑いを浮かべていて、この宴の雰囲気についていけていない。唯一、宰相であるラムダが嬉しそうに氷狼族ジーヴルの伝統料理を食べているぐらいだ。


「サースに捧げよ!」

「うおおおおおお!」


 もう五十回は聞いたフレーズと雄叫びに僕は苦笑しつつ、イテキヴァが注いだ火酒を口に含む。氷狼族ジーヴルが好むこの火酒は、寒冷地でも良く育つザヴール芋というジャガイモに似た野菜から作られている。


 前世でいうウォッカと芋焼酎を足して割ったような味わいでわりと好みだけども、度数は強烈だ。


「こうして宴をさせてもらえたことは感謝しているぞ、ウル」


 イテキヴァの言葉に僕は何を今更とばかりに肩をすくめた。


「昼はこちらの婚姻の儀に付き合わせてしまいましたからね。ならば、夜は氷狼族ジーヴル流に祝うのが当然です」

「お父上は不服そうだがな」


 イテキヴァが、苦い表情を浮かべている父を見て、ニヤリと笑った。


「気にしないでください。ちゃんと事情は伝えていますから」

「そうか。ならば……今日からこいつらはお前の剣だ。好きに使うといい」


 イテキヴァがそう告げると同時に、僕の背中を力強く叩いた。


 剣。それが意味することは一つだ。


 族長の娘であるリッカが自ら率いる傭兵団――〝霜つく刃ヴロスアング〟、その数、約百名。


 今日この場にいるのは、イテキヴァなどのリッカの親族を除くと、その全員がこのヴロスアングの傭兵達だ。彼らは団長であるリッカに心酔し、そして忠誠を誓っている。


 それを丸ごと、まるで嫁入り道具の如く僕に譲るというのだから、イテキヴァも豪快である。

 

 しかしそれを横で聞いていたリッカが拗ねたような顔で口を尖らせる。


「私の剣なのに……」

「分かってるよ。あくまで名目上ってだけだ。そもそも僕には、傭兵団を指揮、運用する力なんてないし、これからもリッカのものだよ」


 僕が苦笑しながらそう諭すも、リッカは複雑な面持ちになる。


「むー。そうだけど……」


 傭兵団が自分のもののままであるという安堵と同時に、夫たるものがそんな調子でどうするんだ、という不満もある……と言った感じだろうか。


 まあ無理もない。


 そもそも急遽決まった僕との結婚だってきっと彼女にとってそれは、望ましいものではなかったのだろうから。


 彼女と出会ったあの祝賀会のあと。

 僕は父を交えてイテキヴァと会談を行っていた。


 もちろん議題は、隣国であるアルマ王国についてだ。


 父はアルマ王国の策謀を知り、大層憤慨した。

 さらにイテキヴァによる、〝うちの娘を嫁に貰わないなら、氷狼族ジーヴルはアルマ王国側についちゃうぞ~〟というもはや脅しでしかない要求を父は飲まざるを得なかった。


 そうして僕とリッカが結婚することで正式にこのエリオン王国と氷狼族ジーヴルは同盟を結ぶことに。


 娘を傭兵団ごとこちらへと差し出したのは、イテキヴァなりの誠意の表れだろう。


 そういう時代である……と言ってしまえばそれで終わるが、当然そこにリッカの意思や意見は全く考慮されていない。


 政治の道具にされた、と言ってもいいだろう。

 

 じゃあ僕はと言えば……内心では複雑である。別に恋慕する相手なんていないし、そんなことにかまけている暇は一秒だってない。とはいえ、いきなり会ったばかりの子と結婚しろと言われて、戸惑いがないと言えば嘘になる。


 まあ当初の予定通りに氷狼族ジーヴルと同盟を組めたうえに、傭兵団という自分で動かせる即戦力を手に入れられたのはラッキーだったけども。


 そういう打算的なところが自分にあることに少し驚いたが、これもまた受け入れるしかない。


 まだ、全然安心できる段階ではないのだから。


「それでこれからどうするつもりだ、ウル」


 イテキヴァがそんなことを聞いてくるので、腹を割って話すことにした。隣にいるリッカも真剣な顔付きで耳を澄ませている。


「ご存知の通り、この国は軍事力という点でははっきり言って周辺国の中では後進国です。周到に準備してきたであろうアルマ王国と戦争になったら、我々に勝ち目はありません。あっけなく降伏して終わるでしょう」

「そうだな……俺もそう思う」


 イテキヴァがそれに同意する。彼も彼なりに色々とこの国について調べたらしいが、出た結論が――〝落とすだけならあまりにも易し〟、だとか。


 この国は肥沃な土壌と、豊富な水と鉱物資源があるという、それだけを見ればかなり恵まれている立地にある。それゆえに農業と畜産業、製鉄業が発展し、それらを諸外国に輸出することでその立場を維持してきた。


 だからからか、よくこの国は富と繁栄の象徴とされる動物、羊に例えられることが多い。ただ地政学観点からみると、〝あの羊エリオンは喉から手が出るほど欲しいが、手に入れた途端に敵が増えすぎる〟という側面があるそうだ。


 前世風に言えば、〝遠慮の塊〟ってやつだ。

 皿の上に最後に残った唐揚げを皆が狙っているけども、先に手を付けると他の者から〝あいつは意地汚い奴だな〟と思われるのが嫌で、結果としていつまでもその唐揚げが残ったままになるという、あれ。


 エリオン王国の軍事力が最弱ながらも平和に平穏にこれまで存続してきたのにはそういう理由があった。あるいは、軍事力が最弱であり続けた理由でもある。


 だが、今後はそうはいかない。


 どの国も、遠慮なぞしなくなってくる時代がもうすぐ目の前にやってきているのだ。


 だから前世の記憶を得てからずっと考え続けて――僕が出した結論はこれだ。


「なので――

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